👈ランキング参加中クリックよろしくお願いします。
にほんブログ村
仕事で全国あちこちでかけた。時間が有れば美味しいものをいただく、それが楽しみだった!
地元にも100年を超える老舗といえる商店が数多く有ると思うが~調べは難しいが昔を振り返り時間をかけてやってみる事にします。
「➂古安」
明治元年(1868年)創業153年。創業以来上質な肉を提供。松阪牛、近江牛などの最高級の
銘柄和牛をはじめ上質な国産牛、国産豚の優れた肉求め、老舗の見極めた素材を提供。
古安のすき焼きは厳選された和牛や銘柄和牛を使用。新鮮な野菜、極上の霜降り肉など、
創業以来変わらず150余年の歴史を積み重ねてきた古安の味が楽しめます。
現在1階は精肉部 2階ステーキ等レストラン 3階お座敷すき焼きやしゃぶしゃぶ。
場所 沼津市本町40 ㈫定休
「④桃中軒」
創業1891年(130年前)東海道線沼津駅構内で弁当の販売開始。以来三島駅構内・沼津駅構内にて
駅弁・蕎麦の販売を始め、新幹線ホーム売店、仕出しケータリング、等を運営。
三島・沼津で最初に駅弁を販売した桃中軒。創業を開始は、東海道線の全通開通から
二年後の明治二十四年(1891 )です。駅弁第一号は、おにぎりと沢庵を竹の皮で
包んだもので、一つ5銭でした。当時5銭では、化粧石鹸が4個買えました。
沼津駅では機関車を付け替える時間があったため、駅のホームや車両の窓から駅弁を
求めるたくさんの人と売り子とのやりとりでにぎわったと言われています。
三島駅では、昭和37年(1962)に駅構内に三島支店が、続いて昭和44年(1969)の
新幹線開通に伴い、新幹線三島駅待合室およびホームに売店が開設されました。
「⑤安田屋旅館」
明治20年創業133年。当初は商人宿だったが、 1918年 ( 大正 7年)に現在の場所で旅館として
営業を始めた 。 木造建物の松棟(1918年(大正7年)築)と月棟( 1931年 ( 昭和 6年)築)は
国の 登録有形文化財 に登録されている 。
明治期の政治家、尾崎咢堂(がくどう)こと尾崎行雄がこの宿に泊まった際に、
海に浮かぶ淡島とその対岸の間に富士山が入り込んで一対の絵になっている風景を見て
「日本一の絶景」とたたえ、この宿に対岳楼という名前を与えたことに由来している。
1947年(昭和22年)2月上旬から約半月にわたり、太宰治が同館の松棟2階・月見草の間(当時の部屋名は「松の弐」)に滞在し、『斜陽』(作品の発表は1947年、昭和22年)の第1章と第2章を執筆した。
敷地内にはそのことにちなみ資料室兼記念館の「伊豆文庫」が設けられている。
太宰がこの宿に泊まったきっかけは疎開中だった太宰の弟子、田中英光の紹介によるとされている。
また、2015年から展開されているメディアミックス企画「ラブライブ!サンシャイン!!」では、
主人公の高海千歌の実家の旅館「十千万」(とちまん)のモデルになっており、聖地巡礼として旅館を訪れる観光客が増加した。
👈ランキング参加中クリックよろしくお願いします。
にほんブログ村
最近のコメント