沼津戸田【大行寺(日露交渉跡地】浄土宗。代船建造のため当地に滞在していたプチャーチンのもとへ幕府は勘定奉行・「川路聖謨」を出向かせています。先に締結した和親条約改訂のためでした。川路は、大行寺を応接所に当て改訂交 渉を行いました。その後、大行寺は2度の大火で類焼、当時の記録は現存していません。現在の建物は旧水野領の名主、斉藤本家を移築したもので宝泉寺本堂につぐ村内最古の建造物と推定されます。建坪63坪余、書院造りの面影が窺える。境内の蘇鉄は根回り3,5m旧村指定文化財。