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2022年4月 4日 (月)

「我家のルーツ1」

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大河ドラマで源頼朝や北条義時が登場したからではないが~ご先祖の事、だいぶ以前から興味があったのだがきっかけもなく時間が過ぎていた。

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父の生涯を掘り下げていくと更に昔の先祖の事が気になり、我家の「ルーツ」を調べてみたいと1ヶ月前からあれこれ調べ始めている。

 

昔「ルーツ」という映画を覚えている方も多いと思う。黒人がアフリカ大陸から、人身売買でアメリカへそしてアメリカで奴隷生活、作者は12年かけてその七代に渡る系図を調べた物語だった。

 

親父の資料の片づけを進めている中で冊子に纏めた家系図を見つける事ができた。20年以上前、父がやはり我が家の家系を調べていたのだ。ある年齢になると調べてみたくなるのはどうも同じ様だ。親父も本籍地の市役所に確認したり、除籍謄本を依頼したり、過去帳を調べたりして私から六代前の人名、出生・没日は手書きの家計図に纏めてあった。

 

せっかくここまでの資料があるのだから我が家の発祥等をたどってみたくなった。今はネットで苗字の由来や発祥の地など大まかな資料は手に入るし関係先市町村の市史を見つければ結構詳しい資料もある。我家の「ルーツ」をどこまで調べられるのかわからないが気長にやってみたいと思っている。

 

今までにわかった事

 

1 平家打倒のため源氏の挙兵を計画した「源頼政」は敗れ自害したが遺言により頼朝の家臣「下河辺兄弟」が常陸の国に持ち帰り葬った。「下河辺政義」は竜ケ崎に封じられ後に地名を苗字として龍崎を名乗った。龍崎藩なるものも存在(茨城県竜ケ崎市市史、新編常陸国誌・古河市両市誌に記載)

 

2 鎌倉幕府の奉公衆(直属の家臣)として相模国とりわけ鎌倉とその周辺を生活、活動の舞台としていたようだ。今も三浦半島の横須賀市長井を中心に同性の苗字が多い。幼き頃、此処長井や長沢の思い出は残っている。

 

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 現在次男が住む横須賀市長沢に先祖代々の墓地もある。

 

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「我が家の家紋」

古来より「武の象徴」であった「タカ」の羽根がモチーフである『丸に違い鷹の羽』は五大家紋の一つに挙げられる家紋です。獲物を狩る勇猛果敢な姿や、知性の高さから武士に好まれた鷹。

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鷹の羽は和弓の矢羽根の材料として重宝されたこともあり、鷹の羽紋は家紋として武家で数多く使用された。

 

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3 至徳2年(1385年)上杉氏や奉公衆に交じり鎌倉円覚寺に大般若経を寄進し、その一巻に我が苗字署名が有る(吾妻鏡)

 

※『吾妻鏡』または『東鑑』(あずまかがみ、あづまかがみ)は、鎌倉時代に成立した日本の歴史書。鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝から第6代将軍・宗尊親王まで6代の将軍記という構成で、治承4年(1180年)から文永3年(1266年)までの幕府の事績を編年体で記す。成立時期は鎌倉時代末期の正安2年(1300年)頃、編纂者は幕府中枢の複数の者と見られている。後世に編纂された目録から一般には全52巻(ただし第45巻欠)と言われる。

 

4 明徳2年(1391年)藤沢市遊行寺の時宗過去帳に法名を与えられていた。常陸国より相模国との係わりが深かったと思われる。 

 

歴史は調べれば調べる程惹かれる。我家は源氏の末裔の様だ。

 

(参考 「源頼政」は伊豆長岡あやめ御前の夫)

☆「頼政の妻あやめ御前」16歳の春、近衛天皇に使えていた時、源頼政が夜な夜な出没しては帝(みかど)を患す鵺(ヌエ)という怪物を退治する事件があった。天皇は頼政が密かに思いを寄せている事をお聞きになりあやめ御前を授けられました。時に頼政49歳、あやめ16歳でした。治承(じしょう)4年夫の平家打倒の挙兵に先だって故郷伊豆長岡へ逃れる。頼政の死後,伊豆西浦の禅長寺に堂を建立し,出家して,名を西妙とあらためる。建保(けんぽ)3年(1215),89歳で死去したという。

☆沼津市西浦河内にある「頼政堂」菖蒲御前は、ただ静かに頼政と仲綱の菩提を弔うことを望んでいたが、平家の詮索は厳しく逃亡する事を余儀なくされます。徒歩で落ち延び、行き着いた先が、西浦の山奥この河内の里でした。ここに菖蒲御前は邸宅を得て、ようやく余生をまっとうできたと伝えられています。元禄11年(1698)頼政の後裔と称する上野高崎城主松平輝貞が、「頼政にゆかりのある禅長寺が荒れ果てている」ということを聞いて、再建のための寄付を申し出、頼政堂を新築し、頼政と菖蒲御前の木像を安置しました。寄棟造、茅葺、平屋建の禅宗式仏殿建築であり沼津市内唯一の典型的な禅宗式仏殿建築です。平成12年に市の指定有形文化財となった。

 

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