「お宮横丁富士宮焼きそば」富士宮
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富士山本宮浅間大社と鳥居前お宮横丁に寄りました。
お宮横丁では名物「富士宮焼きそば¥600」をいただきました。
モッチリ麺の富士宮焼きそばやはり美味しいです!
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「源頼朝と北条政子の伊豆山神社」
古来伊豆大権現、又は走湯大権現、伊豆御宮とも走湯社とも称され、
略して伊豆山又は走湯山と呼ばれていたが、明治になって現在の社名に改称された。
四季折々の美しい景色を眺めながら境内への長い階段を登ると、
社の左右には神木である梛 (ナギ) の木が。災いを浄化する作用があると
いわれるこの葉を持つと願い事が必ずかなうという言い伝えがある。
役小角や弘法大師など多くの仏教徒や修験者が修行を積んだ霊場で、後白河院皇が御撰した
「粱塵秘抄 (リョウジンヒショウ) 」にもそのことが著されていることから、
古くから神聖な場所として崇められていたことがわかります。
平安時代には源頼朝が源氏の復興を願い、崇拝していたという源頼朝ゆかりの神社である。
流人・頼朝は伊豆山権現の住僧覚渕に学び、やがて北条政子と劇的な出会いを果たします。
治承2年の夏、北条政子は親の定めた山木兼隆との縁談を嫌い、婚礼の夜、
宴席を抜け出し約七里の道のりを超え、かねて想いを寄せていた伊豆山の頼朝の元へ。
頼朝は政子を逢初橋(あいぞめばし:国道135号)の上で出迎えたと言います。
訪れた二人を必ず結ぶという夫婦神を祀った結明神社。
頼朝が鎌倉幕府を開いた後にも、伊豆山神社は源頼朝と政子に崇拝されました。僧兵3800人を有し、絶大な勢力を誇りました。戦国時代は小田原の北条氏により厚く庇護されていましたが豊臣秀吉の小田原征伐で 焼き打ちにあい消失するも徳川の時代に伊豆大権現は再建復興、徳川家康も参拝に訪れています。

境内には、頼朝と政子が愛を語り合い仲良く座っていたとされる腰掛け石があります。
源氏の守護神また縁結びの神として親しまれる伊豆山神社春の例大祭は4月14~16に行われる。神社の石段を約700段降りた広場までの行列、勇壮な御輿のお下りとお上り、神楽神女の舞がなどが行われる。

この神社には頼朝を思う政子が手鏡の下に忍ばせ縁が結ばれたナギの葉にちなみ「梛の葉守 (ナギノハモリ) 」という特別なお守りもあります(女性がおナギ、男性がめナギを持つといい)。
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「徳川家康と熱海温泉」
熱海の温泉を愛した将軍として名高いのは徳川幕府初代将軍・徳川家康公です。
源頼朝を尊敬した家康は「自分もいつかは天下を統一したい」と、頼朝が学び、頼りにしていた伊豆権現(現在の伊豆山神社)の再興に寄与しました。「徳川家康は、関が原の合戦前に熱海に入湯し、その温泉パワーをもらって天下統一を成し遂げた」とも言われています。
また慶長2年(1602年)に熱海に湯治、そして慶長9年(1604年)3月、家康公は義直、頼宣の2人の子どもを連れて、7日間熱海に滞在しました。この年の9月、京都で病気療養中である吉川広家のお見舞いとして熱海のお湯を運ばせました。京都の近くにも名湯があるにも関わらず、わざわざ「熱海の温泉」を運ばせたことからも、家康公がいかに熱海温泉を気に入ったかが窺い知れます。
熱海から江戸城まで温泉を運ばせた「御汲湯」の始まりは、4代将軍家綱公が大湯の温泉を真新しい檜の湯樽に汲み江戸城まで運ばせたのが始まりであり、その後歴代徳川将軍に継承されました。特に8代将軍吉宗は8年間で3643個の湯桶を運ばせています。
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「事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)」掛川市
最近では知らない人はいない位有名になった
「ことのままに願いが叶うパワースポット」
「遠江国一宮である事任八幡宮」に先日行って来ました。
境内中央の楠は幹には大きなコブがあり、それはあたかも耳のよう。
この耳から神様が参拝者の願いを聞いていると言われています。
大クスは掛川市の指定文化財に指定されていて樹高は31m目通り6m。
この神社に参拝する人のほとんどの方が、この楠にパワーを貰う為に幹に手を
当てたり抱き着いたりと、思い思いに願いを込めている姿が見受けられます。
本殿東側にあるご神木の太く真っすぐに伸びた
大杉は何と樹高36.5m、目通り6.3m
たくましさのみなぎる巨木で「八幡宮の大杉さん」と親しまれ
本殿の東奥にある事から「東の宮様」と敬われています。
坂上田村麻呂が植樹したと伝えられ、天然記念物に指定されています。
大木が多く清々しい空気が漂う境内。拝殿前の大イチョウは、秋の深まりとともに落下した葉があたり一面黄色に染めています。数本しかない楓の木ですが銀杏の黄色に負けまいと真っ赤に紅葉していました。参拝を済ませたら、社務所で「ふくのかみ(福の神)」を一枚頂き、神社裏の国道一号線を渡った所にある奥宮(271段の階段を登った所にある)へ小さな社の周りにある白い石を3つ拾い、一つめは神様のため、二つめは皆のため、三つめは自分のため、願いを込めて先ほどの紙で磨くと、お願いごとが叶うと言われています
私は階段78段登りましたがダウンで先に戻って境内ベンチで休息、願いは心の中でお願いです
秋の空は快晴でした。この天気のせいか気持ち迄すっきり晴れ晴れいい一日でした!
場所 掛川市八坂642番地
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先日名古屋周辺まで出かけた折「熱田神宮」に参拝して来ました。
新緑がいっぱいで荘厳な神宮は神宿る場所ですね。
30年程前名古屋に2年ほど住んだことがあります。
丁度次男が七五三の祝いをここ「熱田神宮」で行ったのを今も覚えています。
私も若かったし蝶ネクタイの次男の服装がこの神宮の森に恰好良かった良き思い出の場所です。
熱田神宮は「熱田さん」の名で古くから崇敬を集める名社です。
創建は景行天皇43年(113年)。静かな参道を拝殿目指して歩くだけで、
身が清められるような清浄な空気に満たされています。拝殿の奥に見える社殿が本殿で、
ここにご祭神である熱田大神が鎮まっています。熱田大神は、
三種の神器の1つ・草薙神剣を神体とする天照大神とされています。
草薙神剣とは八岐大蛇の尾から出てきた太刀で、正式名称は天叢雲剣といいます。
皇位継承の印である三種の神器のひとつとして日本武尊に授けられました。
日本武尊が賊によって焼き殺されそうになったとき、神剣が、
草を薙ぎ倒して事なきを得たことから「草薙神剣」と呼ばれるようになりました。
日本武尊はこの草薙神剣を現在の緑区大高町火上山に留め置かれたまま没しました。
妃の宮簀媛命熱田の地に御鎮座したことが、熱田神宮の創祀であるとされています
以来、伊勢神宮に継ぐ国家鎮護の神宮として崇敬を集めています。
「信長塀」織田信長が桶狭間の戦いの前に熱田神宮にお参りをして大勝したため、
そのお礼として奉納したものだそうです
場所 名古屋市熱田区神宮1丁目1番1号
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古来伊豆大権現、又は走湯大権現、伊豆御宮とも走湯社とも称され、略して伊豆山又は走湯山と呼ばれていたが、明治になって現在の社名に改称された。
四季折々の美しい景色を眺めながら境内への長い階段を登ると、社の左右には神木である梛 (ナギ) の木が。災いを浄化する作用があるといわれるこの葉を持つと願い事が必ずかなうという言い伝えがある。
役小角や弘法大師など多くの仏教徒や修験者が修行を積んだ霊場で、後白河院皇が御撰した『粱塵秘抄 (リョウジンヒショウ) 』にもそのことが著されていることから、古くから神聖な場所として崇められていたことがわかります。平安時代には源頼朝が源氏の復興を願い、崇拝していたという源頼朝ゆかりの神社である。
流人・頼朝は伊豆山権現の住僧覚渕に学び、やがて北条政子と劇的な出会いを果たします。 治承2年の夏、北条政子は親の定めた山木兼隆との縁談を嫌い、婚礼の夜、宴席を抜け出し約七里の道のりを超え、かねて想いを寄せていた伊豆山の頼朝の元へ。 頼朝は政子を逢初橋(あいぞめばし:国道135号)の上で出迎えたと言います。
(上の画像は訪れた二人を必ず結ぶという夫婦神を祀った結明神社)頼朝が鎌倉幕府を開いた後にも、伊豆山神社は源頼朝と政子に崇拝されました。僧兵3800人を有し、絶大な勢力を誇りました。戦国時代は小田原の北条氏により厚く庇護されていましたが豊臣秀吉の小田原征伐で 焼き打ちにあい消失するも徳川の時代に伊豆大権現は再建復興、徳川家康も参拝に訪れています。
境内には、頼朝と政子が愛を語り合い仲良く座っていたとされる腰掛け石があります。源氏の守護神また縁結びの神として親しまれる伊豆山神社春の例大祭は4月14~16に行われる。神社の石段を約700段降りた広場までの行列、勇壮な御輿のお下りとお上り、神楽神女の舞がなどが行われる。、
右手の資料館には政子が頼朝のために髪で作った曼荼羅 (マンダラ) が納められています。伊豆山神社の裏山にある白山神社。左手のまっ白な鳥居をくぐり、勾配のある山道を片道20分ほど歩くと静謐な雰囲気の森のなかに突如、大きな岩が連なる場所が。鳥居とご神木、さらにその上には本社があります。
この神社には頼朝を思う政子が手鏡の下に忍ばせ縁が結ばれたナギの葉にちなみ「梛の葉守 (ナギノハモリ) 」という特別なお守りもあります(女性がおナギ、男性がめナギを持つといい)。
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