カテゴリー「近郊の【神社】めぐり」の6件の記事

2021年9月14日 (火)

「神社のギンナンが鈴なり」沼津

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早朝散歩で良く立寄る「楊原神社」に大きな銀杏の木が境内にある。

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その大木に今は「ギンナン」が鈴なりだ!ギンナンがなるのは「雌の木」だけ。暫し銀杏の木の下のベンチで小休止し真上のギンナンに見とれていた。

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誰か拾っているのだろうかそれとも掃除したのか~昨日あれだけ落ちていたギンナンの実が無い!正面の大きな木が銀杏の木!

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延喜式「楊原神社」の横には「吉田神社」昔火災などでここに合祀されたと聞く。久し振りに家族の健康と安全のお詣りを両神社にした。

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2021年1月 1日 (金)

「2021初詣」沼津

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2021年初詣は恒例の地元神社参拝です。午後2時頃出掛けたので参拝者もだいぶ少ない状況でした。

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正面が「楊原神社」右奥が「吉田神社」こちらの神社の初詣にはもう半世紀以上欠かさず参拝しています。

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今年も皆が変わらず良い年になりますよう祈願しました。

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2020年11月27日 (金)

朝散歩「楊原神社」沼津

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朝起きるのが寒くて今迄の様にスパッと起きれない~もう少しと思っていたら1時間も寝過ごしてしまった。今朝の散歩は7:20出発「楊原神社」へ行ってみました。

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朝日が神社本殿に差し込んで来ています。境内にある大きな銀杏の葉も上部は黄色く染まっています。「楊原神社」嘗ては、字楊原の地(現社地の東1Kmほど)に鎮座していた大社であったが、永禄年中(1558~1570)北条・武田交戦の際兵火にかかり、社殿を焼失。天正十八年(1590)、現社地に遷座し再建された。拝殿の奥に本殿が接続している。

右奥は「吉田神社」安政五年、下香貫で大流行した疫病から村民を守るため横山続きの峯に創建されたもの。明治二十八年、当社境内に遷された。

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地元の神社でもあり最近は散歩の途中に良く立ち寄っています。「楊原神社」の少し後ろに「吉田神社」が並ぶ形にあります。神社の間には御神木”なぎの木”が青々とした葉を付けています。

大きな銀杏もだいぶ紅葉が進んできました。上の方は既に真黄色です。左が「楊原神社」その右奥に「吉田神社」があります。

鎮座地 沼津市下香貫宮脇335番地 往古の社地は今の字楊原で、永禄年中北条武田合戦の時兵禍に罹り社殿神宝等悉く焼失、其の後天正18年(1590年)現在の地に遷宮する。祭神は大山祇命、磐長姫命、木花開耶姫命の三座を奉斎する。主神大山祇命(おおやまずみのみこと)は伊邪那岐、伊邪那美命の御子、磐長姫命(いわながひめ)木花開耶姫命(このはなさくやひめみこと)は大山祇命の御子にして左右に配祀、御祭徳は治水産業の神、特に山の神として日本一と奉賛せられております。

沿革として創立年月は不詳なれども延喜式神名帳(905年)(第60代醍醐天皇の御代有名神社書上帳)所載にして名神大とあり、大宮大明神、又香貫大明神とも称え、今は大宮様と云う。往古は神領五百石を有し、社家三十余家ありと伝えられ明治八年二月郷社に列す。

上香貫、下香貫、我入道の総鎮守の神として崇敬せられている。

 

神社入口には古めかしい石碑に「延喜式神社 楊原神社」と書かれています。今朝の歩数は1700歩、所要時間20分。

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2019年11月27日 (水)

ことのままに願いが叶う「事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)」掛川市

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「事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)」掛川市

最近では知らない人はいない位有名になった「ことのままに願いが叶うパワースポット」

「遠江国一宮である事任八幡宮」に先日行って来ました。

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境内中央の楠は幹には大きなコブがあり、それはあたかも耳のよう。

この耳から神様が参拝者の願いを聞いていると言われています。

大クスは掛川市の指定文化財に指定されていて樹高は31m目通り6m。

 

この神社に参拝する人のほとんどの方が、この楠にパワーを貰う為に幹に手を

当てたり抱き着いたりと、思い思いに願いを込めている姿が見受けられます。

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本殿東側にあるご神木の太く真っすぐに伸びた大杉は何と樹高36.5m、目通り6.3m

たくましさのみなぎる巨木で「八幡宮の大杉さん」と親しまれ

本殿の東奥にある事から「東の宮様」と敬われています。

坂上田村麻呂が植樹したと伝えられ、天然記念物に指定されています。

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大木が多く清々しい空気が漂う境内。拝殿前の大イチョウは、秋の深まりとともに落下した葉があたり一面黄色に染めています。数本しかない楓の木ですが銀杏の黄色に負けまいと真っ赤に紅葉していました。参拝を済ませたら、社務所で「ふくのかみ(福の神)」を一枚頂き、神社裏の国道一号線を渡った所にある奥宮(271段の階段を登った所にある)へ小さな社の周りにある白い石を3つ拾い、一つめは神様のため、二つめは皆のため、三つめは自分のため、願いを込めて先ほどの紙で磨くと、お願いごとが叶うと言われています

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私は階段78段登りましたがダウンで先に戻って境内ベンチで休息、願いは心の中でお願いです

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秋の空は快晴でした。この天気のせいか気持ち迄すっきり晴れ晴れいい一日でした!

場所 掛川市八坂642番地

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2019年5月21日 (火)

「熱田神宮」

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先日名古屋周辺まで出かけた折「熱田神宮」に参拝して来ました。

新緑がいっぱいで荘厳な神宮は神宿る場所ですね。

30年程前名古屋に2年ほど住んだことがあります。

丁度次男が七五三の祝いをここ「熱田神宮」で行ったのを今も覚えています。

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私も若かったし蝶ネクタイの次男の服装がこの神宮の森に恰好良かった良き思い出の場所です。

熱田神宮は「熱田さん」の名で古くから崇敬を集める名社です。

創建は景行天皇43年(113年)。静かな参道を拝殿目指して歩くだけで、

身が清められるような清浄な空気に満たされています。拝殿の奥に見える社殿が本殿で、

ここにご祭神である熱田大神が鎮まっています。熱田大神は、

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三種の神器の1つ・草薙神剣を神体とする天照大神とされています。

草薙神剣とは八岐大蛇の尾から出てきた太刀で、正式名称は天叢雲剣といいます。

皇位継承の印である三種の神器のひとつとして日本武尊に授けられました。

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日本武尊が賊によって焼き殺されそうになったとき、神剣が、

草を薙ぎ倒して事なきを得たことから「草薙神剣」と呼ばれるようになりました。

日本武尊はこの草薙神剣を現在の緑区大高町火上山に留め置かれたまま没しました。

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妃の宮簀媛命熱田の地に御鎮座したことが、熱田神宮の創祀であるとされています

以来、伊勢神宮に継ぐ国家鎮護の神宮として崇敬を集めています。

「信長塀」織田信長が桶狭間の戦いの前に熱田神宮にお参りをして大勝したため、
そのお礼として奉納したものだそうです

場所 名古屋市熱田区神宮1丁目1番1号

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2012年3月29日 (木)

熱海市「伊豆山神社」

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Sdsc_0021 古来伊豆大権現、又は走湯大権現、伊豆御宮とも走湯社とも称され、略して伊豆山又は走湯山と呼ばれていたが、明治になって現在の社名に改称された。Sdsc_0006 四季折々の美しい景色を眺めながら境内への長い階段を登ると、社の左右には神木である梛 (ナギ) の木が。災いを浄化する作用があるといわれるこの葉を持つと願い事が必ずかなうという言い伝えがある。Sdsc_0022 役小角や弘法大師など多くの仏教徒や修験者が修行を積んだ霊場で、後白河院皇が御撰した『粱塵秘抄 (リョウジンヒショウ) 』にもそのことが著されていることから、古くから神聖な場所として崇められていたことがわかります。平安時代には源頼朝が源氏の復興を願い、崇拝していたという源頼朝ゆかりの神社である。Sdsc_0033 流人・頼朝は伊豆山権現の住僧覚渕に学び、やがて北条政子と劇的な出会いを果たします。 治承2年の夏、北条政子は親の定めた山木兼隆との縁談を嫌い、婚礼の夜、宴席を抜け出し約七里の道のりを超え、かねて想いを寄せていた伊豆山の頼朝の元へ。 頼朝は政子を逢初橋(あいぞめばし:国道135号)の上で出迎えたと言います。 Sdsc_0018  (上の画像は訪れた二人を必ず結ぶという夫婦神を祀った結明神社)頼朝が鎌倉幕府を開いた後にも、伊豆山神社は源頼朝と政子に崇拝されました。僧兵3800人を有し、絶大な勢力を誇りました。戦国時代は小田原の北条氏により厚く庇護されていましたが豊臣秀吉の小田原征伐で 焼き打ちにあい消失するも徳川の時代に伊豆大権現は再建復興、徳川家康も参拝に訪れています。Sdsc_0003境内には、頼朝と政子が愛を語り合い仲良く座っていたとされる腰掛け石があります。源氏の守護神また縁結びの神として親しまれる伊豆山神社春の例大祭は4月14~16に行われる。神社の石段を約700段降りた広場までの行列、勇壮な御輿のお下りとお上り、神楽神女の舞がなどが行われる。、Sdsc_0024右手の資料館には政子が頼朝のために髪で作った曼荼羅 (マンダラ) が納められています。伊豆山神社の裏山にある白山神社。左手のまっ白な鳥居をくぐり、勾配のある山道を片道20分ほど歩くと静謐な雰囲気の森のなかに突如、大きな岩が連なる場所が。鳥居とご神木、さらにその上には本社があります。
この神社には頼朝を思う政子が手鏡の下に忍ばせ縁が結ばれたナギの葉にちなみ「梛の葉守 (ナギノハモリ) 」という特別なお守りもあります(女性がおナギ、男性がめナギを持つといい)。

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