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2015年8月 4日 (火)

「珈琲あれこれ 1珈琲の歴史」

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にほんブログ村 今日から沖縄へ旅行して来ます!S今日から子供達3家族全員と沖縄で合流し8日迄離島や沖縄本島を楽しんで来ます。沖縄は仕事で5回程は行きましたが自由旅行は今回が初めて~子供達家族はそれぞれ羽田から数日前には出発しています。私は少し遅れて今日静岡空港から出掛けます。

※旅行中のブログは毎日飲む珈琲、知りたい事が多くなってきたので「珈琲あれこれ1~5」を載せています。

「1珈琲の歴史」Photoコーヒーの誕生はさまざまな伝説がありますが、特に有名なものは二つ、まず第一はヤギ飼いがコーヒーを発見したというお話。6世紀のエチオピア。ある日、ヤギが赤い実を食べ興奮しているのを見たヤギ飼いのカルディは、不思議に思い、近くの修道院の僧侶に相談し、その実を食べてみました。すると、不思議なことに気分が爽快になったのです。これに驚いた僧侶は、修道院のほかの僧たちにも与えたところ、夜中の修行でも眠気が吹き飛ぶことが分かりました。それ以降、眠気覚ましの薬として飲用が始まったという伝説があります。もう一つの伝説は、イスラム教徒の僧オマールが発見したというものです。Photoコーヒーは、6世紀から8世紀頃にエチオピアからアラビア半島のアラブ人に伝わり、彼らを通して中東・イスラム世界の全域に広まった。最初は一部の修道者だけが用いる宗教的な秘薬で、生の葉や豆を煮出した汁が用いられていました。しかし、焙煎によって嗜好品としての特長を備えると一般民衆へも広がり、1454年には一般民衆の飲用が始まり、中東・イスラム世界全域からエジプトまで拡大しました。Photo_3オスマン帝国がアラブ地域を併合するとトルコ地域にも伝播し、オスマン帝国の首都イスタンブルにまでコーヒーは持ち込まれるようになった。オスマン帝国の年代記は、翌17世紀の初頭にイスタンブルにやってきたアラブ人によって世界で初めてのコーヒー飲料を供する固定店舗が開かれたことを伝えている。一般にトルココーヒーと呼ばれるその飲用法は家庭や喫茶店で広く行われつづけている。現在でもギリシャなどでコーヒーの伝統的飲用法はトルコと同じである。(画像トルココーヒー)8
ヨーロッパには、地中海を渡る盛んな人の往来に乗って16世紀末には既にオスマン帝国から伝わっていった。1602年には、ローマに持ち込まれている。始めはイスラム教徒の飲み物として抵抗があったものの、ローマ法王がこれを認めると、キリスト教徒の間にもあっという間に広がりました。このときすでにcoffeeと呼ばれていたという(画像ローマ法王クレメンス8世)1640年には、ウルフバインという商人が初めて商業ベースでモカからアムステルダムへコーヒーを輸入し売り出しています。1650年には、イギリスのオックスフォードに最初のコーヒー・ハウスがオープンしている。Photoイギリスではコーヒーがブームとなり、1700年頃には、2000軒から8000軒のコーヒー・ハウスがあったと伝えられている。コーヒー・ハウスは、上流階級の溜まり場となり、イギリス王立科学院もここから発祥したという。またコーヒー・ハウスは、女人禁制だったため、女性を中心に反対運動が発生したこともあった。後にイギリスでは茶の飲用が広まり、コーヒー・ハウスは衰退していく。Photo_2フランスでもコーヒーはまたたく間に普及しましたが、フランスはコーヒーの近代化に重要な貢献をしました。ドリップ式の考案です。ポットの中にたらした布袋にコーヒーの粉を入れ、熱湯を注いで浸透させる器具の発明によって、煮出すコーヒーから漉(こ)すという、近代コーヒーの基盤が編み出されたのです。

2北米には、1668年に持ち込まれた。1698年にニューヨークでコーヒー・ハウスがオープンしている。アメリカ東海岸でもイギリスと同様に紅茶の飲用が主流となるが、イギリスが茶に重税を課したため、イギリスに反発(ボストン茶会事件)。代用としてコーヒーの輸入が急増。これが、アメリカのコーヒー飲用が主流となるきっかけとも言われている。Nihonnhatu日本には17世紀頃、出島に出入りしていたオランダ人によって持ち込まれました。日本で最初のコーヒー店は、1888年4月に上野に開かれた可否茶館(かひいちゃかん)だと言われる。親が外交官だった鄭永慶は、自分の家を洋館に改造し、コーヒーを一銭五厘、牛乳入りコーヒーを二銭で売り出しました。「可否茶館」は残念ながら3年足らずで閉鎖してしまいました。明治の末には、東京・銀座に「カフェー・プランタン」や「カフェー・ライオン」が開店しました。中でもコーヒーの大衆化に最も貢献したのは「カフェ・パウリスタ」という、ブラジルコーヒーの販路拡大とPRのために開かれた喫茶店でした。

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