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2014年10月 7日 (火)

中国旅行「6‐5 上海魯迅記念館」

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Sdsc_0452中国近代文学の父「魯迅(1881~1936年、本名:周樹人)記念館」を訪ねました。
魯迅は、1881年9月25日、紹興にて生まれ16歳で父と祖父を相次いで亡くし、生家は没落していきます。Photo_21898年南京に赴き、勉学に励み優秀な成績を収め留学資格を得て1902年3月日本へ向けて出発、同年4月横浜港に到着します。 1904年東京の弘文学院(中国人留学生の為の速成教育学校)を卒業後、医学を志すことを決心し仙台の医学専門学校へ入学します。30代半ばの若さで無くなった父親の様な病人を治療し、戦争時には軍医として赴きたいとの意向だったようです。Sdsc_0454しかし、その後魯迅の決心を大きく揺るがす出来事に遭遇し、医学から文学へと転じることになります。魯迅は、人々の精神に訴える事の方が医学で病人を治療する事よりも重要なのだという思いにかられ、医学校を退学し東京へ戻ります。Sdsc_0453 東京にて創作活動を続けたのち、1909年に帰国します。杭州、南京、北京などで教師を務めた後、厦門、広州を経て、1927年に上海へ居を定めます。S上海へ移って間もなく、日本人書店主の内山完造と知り合い、親交を結ぶこととなります。  魯迅故居周辺は、以前は日本人が多く居住していた地域で、内山書店も近くに有りました。革命志向を抱きつつ、文学活動、新文化運動を行い、1936年上海にて没します。Sdsc_0450以前上海に来た時に魯迅が55歳で他界するまで3年半家族と住んだ「故居」は案内して貰いましたが近くにこんな立派な記念館があるとは知りませんでした。Sdsc_0451もとは租界義勇軍の射撃練習場として造られた場所。その後虹口公園として開園し、魯迅がよく散歩に訪れたことから1988年に魯迅公園と改称されたといいます。敷地内には氏の座像や墓、紀念館も建っています(奥の建物)

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