「2009年 北京旅行」
中国旅行 北京 (2009年9月5日~9日)
中国旅行1「北京の歴史」
北京に旅行する機会を得たので事前に歴史背景を調べてみました。資料は中国観光局のものを参考にした。
「北京」は、中国の首都、直轄市。中国の東部、河北省の中央部に位置する。古くは燕京・北平・大都ともいわれた。面積1万6800km²;、人口約1300万人。広さは日本の四国に相当する。行政機能が集積している他、紫禁城や天安門広場、庭園、古くからの街並みである胡同などがあり海外からの観光客も多く訪れる都市である。戸籍人口1,159.5万(2004年末)だが、他に公安機関(警察)に一時住居登録している流動人口が364.9万人いる。 少数民族人口は約48万人で、回族、満族が多い。
春秋戦国時代には燕の首都で薊(けい)と呼ばれる。この時代のこの地方は国都の洛陽からは遠く離れた辺境であり、常に北方の匈奴などの遊牧民族の侵攻に悩まされていた。秦・漢時代には北平(ほくへい)と呼ばれるが、満州地方の開発が進み、高句麗などの国が立つと戦略上、また商業上でも重要な拠点として重要視されるようになった。また、現在は北京市内の一部とされる涿郡(たくぐん)は三国志の英雄劉備の故郷で知られるとともに隋の煬帝が築いた大運河の北の起点とされている。 唐滅亡後に五代十国時代の騒乱に入ると、内モンゴルから南下してきた遼帝国は五代の後晋に兵力を貸した事でこの都市を含んだ燕雲十六州の割譲を受けた。遼はこの都市を副都の一つ南京とした。その後、遼が金に滅ぼされると金はここに遷都して中都となり、更に金が元に滅ぼされると大都となり首都とされた。
その後、明の朱元璋が元を追い落とした後は元の北平の名前に戻され、首都は南京に置かれるが、この地の王に封建された朱棣(後の永楽帝)は1402年ここから建文帝に対して反乱を起こし、自ら皇帝になり遷都してこの地を北京とした。辛亥革命後も中華民国は北京を首都としたが、南京を首都とした蒋介石の中国国民党政権は1928年6月15日、直隷省を河北省、北京を北平(ほくへい、ペイピンBěipíng)と改称した。1937年から1945年まで続いた日本軍占領期は北京の名称が用いられ(公式には1940年に改名)、日本の敗戦によって北平に復した。1949年10月1日の中華人民共和国成立によって北京の名称が復活した。この10月1日は建国60周年を迎える。
中国旅行2
9月5日(土)から行ってみたかった「万里の長城」を見に「中国北京」に行ってきました。中国は何度か行っていますがここ数年の間の変貌は行くたびに目を見張るものがあります。北京オリンピックも終了し道路・建物・暮らし・ファッション・等大きく変わっています。
北京近郊には世界遺産も多く見所はたくさんあります。北京ツアーは歩く歩くと言われるとおり、足に大きな豆を作って帰ってきました。
出発日成田空港までは直通バスを利用、沼津駅北口早朝4:30発、眠い眠い~土曜のせい か予想以上の乗客が乗っています。
途中の中井サービスエリアで15分の休憩→首都高も早朝でまだすいています。レインボーブリッジ→湾岸→デズニーランドを横目に→成田空港には7:20過ぎには到着しました。今回利用する阪急交通社のカウンターで搭乗券をもらいチェックイン。ツアー団体の機内持込手荷物受付カウンターは長い行列です。ツアー料金も安いし仕方ないかな。
フライトは全日空NH0905便、満席の中を約3時間で北京空港到着〈1時間の時差なので現地時間14:30着〉
空港は大きい、左右を見てもはるか彼方まで敷地のようですANAの到着スポットから入国受付ターミナルまでの距離が長いこと~
空港内モノレールで移動です~入国手続きを済ませ、現地ガイドと合流早速観光開始です今回のツアー参加者は18名の方々、さあどんな旅行になるのでしょう~楽しみですね~
中国旅行3 世界遺産「頤和園いわえん」
北京空港到着後最初に出かけた場所が「頤和園いわえん」です。当初の案内では「鳥の巣」見学の予定でしたが国慶節・開国60周年パレード演習のため北京中心部は交通規制、特に天安門付近は厳しい規制のようでコース変更になりました。
世界遺産「頤和園いわえん」は北京市西郊外に位置しています。敷地面積は皇居のおよそ12倍、3万平方キロメートル近くに及びます。古い庭園としては中国最大規模といわれます。建設が始まったのは12世紀、元の時代。当初は小規模な庭園だったようです。清の乾隆帝時代に拡張工事が行われました。園内の見所としては、杭州の西湖を模して作った昆明湖と人工の山万寿山が有名です。なお「頤和園は1998年12月、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。そのほかにも青銅器や陶磁器、玉、絵画などさまざまな文化財が保存展示されていますが今回は鑑賞する時間が無く残念でした。頤和園」と言えば忘れてはいけないのが、園内に延びる長い長い回廊ですこの回廊は長廊と呼ばれ、全長728メートル昔皇帝達が雨や雪の日でも歩きながら風景を楽しめるように、建設されたものだそうです。中国はもちろん、世界でも最長の回廊と言われていて、1992年にはギネスブックにも登録されています。この回廊の梁の部分には、人物や自然風景などを描いた絵画が飾られています。その数はなんと、8000点にのぼり、いずれも芸術的価値の高いものだそうです。
今日宿泊のホテルは平屋作りで四角形の中庭を囲むように作られた中国伝統の「四合院」を模して作られている 「居庸関長城古客桟きょようかんちょうじょうこきゃくさんJUYONGGUAN GREAT WALL HOTEL」
中国旅行4 世界遺産「万里の長城八達嶺BaDaLingChangCheng」
ホテルを8時出発、今日は待望の「万里の長城八達嶺」見学です。天候は小雨が時々ぱらつくものの山は見えています。一昨日は霧が深く山も見えなかったようで、それよりはだいぶ良いとガイドに慰められ出かけました。朝8時過ぎというのにもう大勢の観光客が登っています(女坂)さすが人気スポットです。世界遺産人気NO1のここ「万里の長城八達嶺」欧米人はもちろん黒人グループも目に付きます。英語・仏語・スペイン語・と国際色豊かです。長城は駐車場から見て右に「女坂」左に「男坂」傾斜は女坂のほうが緩やかで登る人も多いようです。ツアーの皆さんも簡易カッパを購入して登り始めました。気温はこの時季にしては寒いくらい写真を撮りながら登りましたが先を見るとかなりあります~ほどほどで引き返しました
<万里の長城>
東は河北省、渤海湾の山海関から西は甘粛省の嘉峪関まで全長6000キロメートルの
大城壁。世界最大の建築物。紀元前に北方民族の侵入を防ぐために城壁を築いたのがその始まり。秦の始皇帝が30万の軍兵数百万の農民を動員し、修復、連結した。その後の王朝も増築を続け、敵に備えたという。現在、北京郊外で公開されてるのは4カ所。
<八達嶺>BaDaLingChangChen
6世紀に創建された「八達嶺」はそのひとつで最も観光客が多い。北京の北西約70キロメートルにあり、明代に修復され帝都を守る北の関所となったレンガと石造りのがっしりとした造りで、高さ7.8メートル、幅6メートル。八達という名は「四通八達」という交通の要所を物語って
中国旅行5 世界遺産「明の十三陵」ShiSanLing
中国旅行6 「北京市内」
中国旅行7 世界遺産「天壇公園TianTanGongYuan」
中国旅行8 「北京の胡同フートン」
中国旅行9 「王府井大街ワンフーチンWangFujing」
中国旅行10 「前門(正陽門)QianMen」
中国旅行11 「天安門広場TianAnGuangChang」
中国旅行12‐1 世界遺産「故宮(紫禁城)GuGong」
中国旅行12‐2 世界遺産「故宮GuGong」
中国旅行13 「帰国の日歩く歩くの中国世界遺産巡りもいよいよ帰国の日になりました。今日も朝からしっかり4kmは歩かされ足の裏の大きな豆が破裂して足をつくと痛いの何の~びっこ引き引きなんとか歩いています。多少うるさい出国手続きを済ませ(使い捨てライターついポケット入れたままでビー)出発ロビーに出発時間40分前に到着。既にANAの帰り便は目の前に、昼食は食べられなくてお腹はグーグー機内食までお預け。現地時間14時40分搭乗開始又も満席状態です。
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