Numazu沼津 明治時代の別荘 「9三輪善兵衛別荘(現沼津倶楽部)」
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Numazu沼津 明治時代の別荘
「9旧ミツワ石鹸創業者三輪善兵衛別荘(現沼津倶楽部)」
旧ミツワ石鹸創業者の故「三輪善兵衛」(1871‐1939)が大正の初めに、避暑・避寒地だった沼津市千本に別荘として建設した。三千坪の広大な敷地に建ち、全部屋から庭園を望める設計。薄板を編み込んだ「網代天井」など、大正ロマン漂う数寄屋建築隅々まで凝った造りである。場所は沼津市千本「若山牧水」記念館前にあります。
現在は「沼津倶楽部」として営業している。
「三輪善兵衛」1860年(万延元)、三輪善兵衛は大江戸で丸見屋を開店する。ミツワ石鹸が発売されたのが、1910年(明治43)。もともと化粧品店として出発し、一時は新橋資生堂と肩を並べて化粧品業界をリードしていたのだが、ミツワ石鹸が売れて、その後、社名を丸見屋からミツワ石鹸本舗丸見屋商会、戦後は(株)丸見屋から
(株)ミツワ石鹸へと変更している。当時、多くの小説家や画家を宣伝 部に入社させて、本格的な広告制作を行っている。そして、世界中から文学や広告、画集など10万冊にものぼる本を“資料”として集め、「ミツワ文庫」と名づけていた(関東大震災で焼失)のちに、ミツワ石鹸の副社長となる衣笠静夫が入社してからは、当時の電通をもしのぐほどの優秀なスタッフを抱えて、広告分野では優れた仕事を残している。1975年(昭和50)に、ミツワ石鹸は倒産して米国P&Gの傘下へ入る。
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