Munazu沼津 明治時代の別荘 「5侯爵井上馨外務大臣」
Munazu沼津 明治時代の別荘
「5 侯爵井上馨外務大臣」
井上馨外務大臣別荘予定地は現在の御用邸記念公園内北際あたりに有ったという。
「侯爵井上馨」長州藩士、政治家、実業家。天保6年11月28日周防国湯田村で長州藩士・井上五郎三郎光享の次男として生まれる。父は萩藩の郷士。岩屋玄蔵や江川太郎左衛門に師事し蘭学を学ぶ。高杉晋作らとともに、尊王攘夷運動で活躍。坂本竜馬の仲介で薩摩藩と同盟し第2次長州征伐で幕府軍に勝利した。維新後は参与、大蔵大輔、参議兼工部卿、外務卿などを歴任。明治9年(1876)特命副全権大使として日朝修好条規の締結に関わる。三井をはじめ、実業界とも深いつながりを持ち、鉄道事業などにも関与した。明治18年(1885)第1次伊藤内閣の「外相」に就任。鹿鳴館に象徴される欧化政策を展開し、不平等条約の改正に奔走。黒田内閣農商務相、第2次伊藤内閣内相、第3次伊藤内閣蔵相等を歴任し、引退後も元老として重きをなした。大正4年9月1日静岡県静岡市興津の別荘・長者荘にて死去。
<井上馨外務大臣別荘予定地だった所>
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