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2008年9月21日 (日)

【ぶらり近くの東海道】富士市2

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ぶらり近くの東海道【富士市吉原宿2

Photo_2 和田川に架かる平家越えの橋(かって、この付近で源平の軍勢が対峙している時、平家の軍勢が水鳥の羽音に驚いて、源氏が攻めて来たと勘違いして敗走したと伝えられる場所)を渡ると、いよいよ吉原宿(吉原一丁目)に入ります。元吉原、中吉原と比較し、新吉原ともいう。ここが江戸時代の後期の吉原宿のあったところになります。街の真中を横切っているPhoto_3 のは富士急・岳南鉄道、この鉄道は「吉原」と「岳南江尾」を結んでいる単線の鉄道です。この道の左手方向に「吉原本町」の駅があり駅の裏手には「身代わり地蔵」があります。

岳南鉄道の踏切を渡ったこの辺がかつての吉原宿の中心で、本陣2、脇Photo_4 本陣3、旅籠60軒もがあったという。かつての宿場は賑やかな商店街となっています。旧東海道はこの先のバスターミナル「吉原中央」の手前を左に曲がる。商店街を過ぎると「木之本神社」があります。吉原の他の神社4社と合同で毎年初夏に開かれる「吉原祇園祭」は、江戸時代より25Photo_5 0年にわたり続いていて街の人には「おてんのうさん」として親しまれている祭りだそうです。山車の引き回し、宮太鼓の競演、各神社の神輿のあらっぽい担ぎ出し(俗にけんか神輿)は見応えのあるものみたいですね。
小潤井川に架かる四軒橋、標識には「吉原宿西木戸跡」と書かれています。吉原宿でおそらく唯一つの標識ではないかと思う。

Photo_6間の宿本市場」富士市本市場に入ると、県の総合庁舎の前に「旧東海道間宿本市場」の石碑と説明標識あります。吉原宿と次の蒲原宿の中間の休憩所で多くの茶屋が立ち並んでいたところとのことです。この茶屋の名物は白酒、葱雑炊、肥後ずいきであったといいます。また広重の絵では白酒売りの茶屋で憩う旅人が、富士を背景に描かれている所でもあります。

Photo_7鶴芝の碑」鶴芝の碑は、文政三年(1820年)、間の宿本市場の鶴の茶屋に建てられたもので、当時、ここから富士を眺めると、中腹に一羽の鶴が舞って居るように見えたので、京都の画家蘆州(ろしゅう)が鶴を書き、これに江戸の学者亀田鵬斉(ほうさい)が詩を添え、石碑としたということです。説明板によると、富士市に残された数少ない貴重な江戸時代の文化財とのことです。

Photo_8本市場一里塚」冨士税務署の手前の堀の側に本市場一里塚碑があります。江戸日本橋より35番目の一里塚に成ります。平垣町公会堂の横に「本市場札の辻跡」があります。この辺は岩本山実相寺(じっそうじ)の東端であった。久安元年(1145年)、鳥羽法皇勅願の天台宗の寺(現在は日蓮宗)で、境内は一里四方もあった。西に比叡山、東に実相寺とまで言われた名刹で、四九院、五百の僧坊があり、常に五百人以上の学僧がここで修行していたとのことです。

Photo_9富士川渡船場跡」水神の杜の一画に冨士川渡船場の跡碑があります。富士川は元々暴れ川で多くの災害を齎したらしい。江戸時代は当時の岩本村と岩淵村の間を船で渡ったようです。用いられた船は、定渡船、高瀬船、助役船などがありました。通常の定渡船は、客を30人と牛馬4匹を乗せ、船頭5人で川を渡ったようです。渡船の業務は、岩淵村で担当していたが、交通量の増加に伴い、その3分の1を岩本村でも担うようになったといいます。

 

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