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2008年6月21日 (土)

【ぶらり伊東市1】県道135号

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Usamikaigann  【ぶらり伊東市Ⅰ】県道19号伊東・大仁線亀石峠を経て宇佐美~伊東に向かう。伊東市は伊豆半島の東海岸に位置し、中心部は比較的平坦だが、南部はリア  ス式海岸となっている場所が多い。中心部以外は丘陵地帯が多く、西端は高度のある山地であり、富士箱根伊豆国立公園として指定を受けている区域は広い。南部に休火山の大室山があることから、近辺は海岸線を含めその影響を受けた地形となっている。海岸沿いから中部は別荘地として開発された場所が多く、特に大室山の麓にある伊豆高原は有名。海岸沿いに伊東線・伊豆急行線と国道135号が縦断しています。

Map3伊東の歴史」富士火山帯の活発な活動の後、伊東に人々が住み始めたのは今から約1万5千年前といいます。静岡県は日本の中でも早くから人が住んでいたところの一つですが伊東の歴史も古く、市内では縄文遺跡や祭祀遺跡、古墳などが発見されています。伊東が歴史の舞台に登場するようになったのは、平安時代末期、豪族「伊東氏」「宇佐美氏」が台頭して以来。江戸時代は天領や旗本領など、幾度となく支配が変わりましたが険しい自然に阻まれ農漁業を営む寒村に過ぎませんでした。伊東発展の契機となったのは、幕末にできた温泉宿。明治時代には東京-熱海にSpot2汽船が航行し、温泉町へ変貌。昭和13年、国鉄(現JR)伊東線の全通をきっかけに近代的な温泉保養地として発展しました。同25年には国際観光温泉文化都市指定、同36年には伊豆急行電鉄の開通により伊豆周辺の観光拠点として躍進。現在に至っています。

Itousuketika1伊東祐親(いとう すけちか、生年不詳 - 寿永元年2月15日(1182年3月21日))は平安時代末期の武将。父は藤原南家の流れを汲む伊豆国の豪族伊東祐家。子に河津祐泰、伊東祐清、女子(三浦義澄正室)。東国における親平家方豪族として平清盛からの信頼を受け、平治元年(1159年)の平治の乱に敗れて伊豆に配流されてきた源頼朝の監視を任される。しかし祐親Sukechika の娘八重姫は、頼朝と通じて一子千鶴丸を儲けるまでの仲になってしまう。安元元年(1175年)、祐親はこれを知ると、平家の怒りを恐れ千鶴丸を松川に沈めて殺害、さらに頼朝自身の暗殺も図る。頼朝の乳母・比企尼の三女を妻としていた子の祐清が頼朝に知らせ、頼朝は夜間馬に乗って熱海の走湯權現に逃げ込み、北条時政の館に匿われて事なきを得たという。治承4年(1180年)に頼朝が挙兵すると、大庭景親らと協力して石橋山の戦いにてこれを撃破する。しかしやがて勢力を盛り返した頼朝によって逆に追われる身となり、富士川の戦いの後捕らえられ、娘婿の三浦 Img_0172 義澄に預けられる。義澄による助命嘆願が功を奏し、一時は一命を赦された祐親だが、これを深く恥入り自害して果てた。八重姫と千鶴丸のエピソードにより敵役のイメージの強い祐親であるが、地元の伊東市では毎年「伊東祐親まつり」が開催されるなど、郷土の英雄として親しまれている ようである。また曾我兄弟・三浦義村の祖父としても有名であImg_0200 る。"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E6%9D%B1%E7%A5%90%E8A6%AA" より作成。「伊東家館跡物見塚公園」に「伊東祐親の銅像」があり、西300mに文化財でもある「五輪塔の墓」がある。坂を下ると菩提寺の 「東林寺」にいたります。「東林寺」には「河津三郎」(相撲中興の祖かわづがけ)の墓と「曽我兄弟」の墓といわれている物が有り、祐親や千鶴丸Img_0196 木造が安置され、位牌も拝む事が出来ます。又その近くには「葛見神社の大楠」があり、国指定の天然記念物になっています。

最誓寺平安時代後期~南北朝期の伊藤家累代先祖の墓所、五輪塔10基がある。駿河守であった藤原維職が京から伊豆国押領使となって伊豆国・狩野城へ移住。その子宮藤(工藤)大夫を称した狩野(工藤)家継は狩野から伊東へ進出し、祐継~ 祐経~祐時~祐光~貞祐~祐持と続き伊東の歴代地頭であった。この墓所は、南北朝 期に足利尊氏に従いImg_0175 Img_0177 日向国に移住した伊東家当主伊東祐持以前の先祖の墓である。この伊東家先祖の墓は、もともと現在の最誓寺から約500メートル離れた所の伊東家菩提寺東光寺にあったが、江戸末期に廃寺になり近くの東林寺に合併された際、特別に現在の最誓寺に移されたものという。(市指定文化財)

Img_0182源頼朝と伊東」韮山、蛭が小島で流人の歳月を送っていた頼朝は、いつしか伊東祐親の娘八重姫との間に千鶴丸をもうける。二人が逢瀬をした「音無神社」には、密会を忌める無灯の尻つみ祭が今でも行われています(奇祭としてしられる11月10日の尻摘祭が有名で、当日は社殿の灯火をすべて消し、話しをすることが禁じられ、暗黒の中で祭典が行われるImg_0191 ことから、御神酒を廻すときにお尻を摘み、合図をして杯を廻わすのでこの名がついたといわれている。祭典の当夜に社前で参拝客に授けるみかんの中の、種が入っているみかんを食べると子宝に恵まれるといわれている)祐親は平家に気遣い二人の仲を裂いた上に千鶴丸をとどろきの淵に沈めたという伝説が残されています。(市指定天然記念物タブ・シイの木がある)画像を良く見ると片方の木の枝がもう一方の木を抱いている様に見える。この木は縁結びの木というそうです。場所 伊東市音無町1-12

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