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2008年5月29日 (木)

【ぶらり御殿場市1】国道246号

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Sisyou2御殿場市御殿場市は、霊峰富士の東麓に位置する緑豊かな高原都市です。人口は約8万7千人余を有し、静岡県では中規模な都市として発展を続けています。御殿場は東京から約100キロの距離にあり、東京・横浜などの経済圏、通勤圏内にもなっています。また、市内には東富士演習場をはじめとする自衛隊関連施設が多く存在し、市域の約3分の1を占めています。御殿場といえば、富士山。世界でも有数の名山で、日本一の高さと景観を誇る富Photo_2 土山は、御殿場を象徴する名所でもあります。四季折々の美しい景観、雄大な自然に囲まれたスポーツ環境、自然散策、歴史探訪など、御殿場はひと味ちがった楽しみを味わうことができます。むかしから御殿場・小山・裾野地方を御厨(みくりや)といったが、厨(くりや)とは台所のことで、伊勢神宮の台所をまかなうための神宮領に指定され、物産を貢納させる地域は御厨と呼ばれていました。

文化財

Photo印野溶岩隧道

国指定天然記念物。富士山の噴火によって生じた溶岩洞窟で、奇岩奇石から成る国指定の天然記念物です。富士周辺の植物が集められた御胎内清宏園の中にあります。長さ155mのU字形の隧道で、内部が人間の胎内に似ていることから御胎内とも呼ばれています。入口から小腸部、五臓部、母の室、臍帯部、子返しと続き、産道を通って外に出ます。 場所 御殿場市 印野1382-1 御胎内清宏園内

Photo_2駒門風穴

国指定天然記念物。富士山の大爆発とともにできたもので、我が国に現存している熔岩墜道のなかで旧型を保っている一番古い大き なものの一つに数えられる貴重な学術資料で、大正11年11月より天然記念物に指定されています。穴の奥には多数のコウモリや微生虫が生息しており、その種類も全国一といわれています。奥行291m、広い所で20畳分もある。入場料は大人200円、学生(中・高生)150円、小人100円です。場所 御殿場市駒門69

Photo_3深沢城址」県指定史跡。元亀元年(1570)から始まる武田氏と後北条氏の深沢城攻防戦の時が注目される。駿河の今川氏、甲斐の武田氏、相模の後北条氏は甲相駿三国同盟を結んでいたが、永禄11年(1568)武田信玄が駿河府中に侵入し、今川氏真を遠江掛川城に追い落とし三国同盟は解消され、深沢城は武田氏のものとなった。元亀元年(1570)4月、北条氏康・氏政父子の兵3万8千が深沢城を攻め落とし、後北条氏は黄八幡で有名な北条綱成を城代に任じた。 今度は、北条綱成・松田憲秀が守る城を武田方が攻めた。元亀元年(1570)11月武田信玄が城を包囲し、甲州金山の鉱夫「金堀衆」を投入し、いわゆる「もぐら戦術」によって城を掘り崩しにかかったことが、北条氏政の上杉謙信宛の書状によってわかる。翌元亀2年(1571)1月3日、信玄は綱成に向けて「深沢城矢文」で有名な矢文を射ち込み開城を迫った。綱成は開城勧告を蹴って抵抗したが、ついに30余日の籠城の末、小田原からの後詰めの軍勢が到着するのを待たずに開城し玉縄城へ退却した。その後、後北条氏も奪回を試みたがかなわず、以後、天正10年(1582)の武田氏滅亡まで武田氏の重臣駒井右京之進昌直が城主として居城した。武田氏の城となってから、三日月堀や馬出しを造成したり、かなり大掛かりな修築が行われたようである。武田氏滅亡後は徳川家康の領土となった。家康は後北条氏への押さえの城として三宅惣左衛門康貞を置いていたが、天正18年(1590)の小田原の役にて後北条氏が滅亡し、家康が関東へ移封すると深沢城も廃城となった。

Photo_3永塚の大スギ

県指定天然記念物。御殿場市永塚浅間神社境内にある「永塚の大杉」幾度か落雷を受けていると言うが、その様子には見えず、下枝が無く性良くまっすぐに伸びたまだ若々しい杉である。説明板によると、「この杉は、京都大学の上田弘一郎博士の鑑定によると、文杉(あやすぎ)という品種で、葉が短く密生し、材質も優れ生育旺盛で巨樹となる性質を具えているといわれています」とあった。

Photo_4川柳浅間神社のスギ

県指定天然記念物。永塚の大杉から北西に800 mほど走った御殿場市川柳に川柳浅間神社がある。小振りの社殿の真ん前に『川柳浅間神社の芙桑樹』の二本の大杉がふさぐように立っている。説明板によると、「玉穂地区の別荘に住まわれた海軍大将伯爵樺山資紀氏は、この樹をこよなく愛し、明治三十九年「扶桑樹」と命名されました。「扶桑」とは中国の故事に由来しており、現在も『川柳の芙桑樹』として親しまれています」

Photo_4宝永のスギ

県指定天然記念物。国道138号線を北西に向かい、市街 地を外れた仁杉(ひとすぎ)交差点を右に折れ700mほど走ると、前方右手に巨木が見えてくる。「宝永の杉」は子神社の境内、社殿の左に圧倒的な存在感であった。太さも木立ちの勢いも一級品であった。説明板には「宝永4年(1707年)富士山の宝永の噴火の砂礫が高い枝の部分に積もったまま残っていたのが発見され、以来俗称「宝永のスギ」と呼ばれていますが、当時はすでに相当な巨木であったと思われます」

Photo_5二枚橋のカシワ」県指定天然記念物。

御殿場市二枚橋の滝口氏宅にある。

東山のサイカチ」県指定天然記念物。

Photo_6御殿場市の東山YMCA入り口に ある。

「富士山東表口参道宮新橋浅間神社」古代より富士山の噴火は活発で、数次にわたって噴火があった。富士山麓に住む人々はどんなに富士山の鎮静を願ったことであろうか。富士山頂に、火を鎮める神さまといわれる木花咲耶姫命をお祀りした。後に富士宮の桜ヶ丘に浅間(あさま)神社を建立したが、この神社の御神体は富士山であって、拝殿から山頂を仰ぐことができるようになっている。浅間(せんげん)神社とも呼び富士宮浅間神社のことで、本宮となっている。山頂に建てられている神社を奥宮という。浅間神社は山梨県、静岡県に多く御殿場市内だけでも大きな神社が十五社もある。「新橋の浅間神社」・古沢の一幣司神社を初めとして、二枚橋・西田中・北久原・駒門・大坂・神山・板妻・保土沢・永塚・北畑・川柳・印野・六日市場などにある。

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