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2008年5月 1日 (木)

【ぶらり香貫(かぬき)・静浦・伊豆の国16】国道414号編

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伊豆の国市3

国清寺

Photo_10Photo_9Photo_8  1362(貞治元)年、室町幕府の有力者「畠山国清」が創建したとされ、1368(応安元)年関東管領の「上杉憲顕」が本格的な寺として修築した。
最盛期には子院78、末寺300を擁する壮 Photo_11大な伽藍となり、室町幕府3代将軍義満の時には「関東十刹」に加えられた。
仏殿には鎌倉時代の慶派の作になる「釈迦如来像」(町指定文化財)が安 置され、境内には開基・開山の墓や、旧楓林院の「子育地蔵」などが残されている。修行僧が食べている国清汁はこの寺が発祥地である。 また実在の人物・一兆和尚(黒岩院住職)にまつわる民話「天狗にさらわれた一兆さん」の舞台となった寺でもある。 場所 伊豆の国市奈古谷1240-1

七つ石Photo_12 Photo_13Photo_15

国清寺から毘沙門堂へ続く林道沿いに点在している。鎌倉時代~室町時代の修験道の遺跡で「毘沙門堂」への道すがら、両側には多くの梵字や仏像が刻まれた巨石Photo_14Photo_16が点在している。下から順に「両界曼陀羅種子、阿弥陀三尊種子、石地蔵(町指定文化財)、蛇石、夫婦石、こだま石、弘法石(町指定文化財)、硯石、冠石」などがあるが、「毘沙門堂」が元は真言密教Photo_19の道場であったことと 関係があると考えられている。

毘沙門堂

Photo_20Photo_22 国清寺の鎮守で毘沙門天(多聞天)を祀るお堂であり、平安時代の僧文覚上人配流地である。かつてこの地には安養浄土院(奈古谷寺)があったが、のちに荒廃していたものを頼朝が文覚に命じて授福寺Photo_21として再興した。この寺も今はない。当初、毘沙門堂は授福寺の鎮守であったという。山中には文覚が修業したという不動の滝、境内には文覚の護摩石(硯石・鏡石)と伝わる巨石があり、仁王門の金剛力士像は鎌倉初期の作で県の指定文化財である。 場所 伊豆の国市韮山町古谷字水上

奈古谷観音堂

Photo_23 室町時代この地は大変栄えていたという。この観音堂は地蔵堂、阿弥陀堂、庚申堂などとともに、奈古谷七堂の一つで他の諸堂は廃堂に成りましたが、唯一旧位置に建っています。堂内には、本尊聖観音立像のほか、十王堂や阿弥陀堂などにあった諸仏が安置されています。また、境内地には庚申塔、唯念碑、五輪塔、宝印塔などが諸堂から集められていPhoto_24 ます。付近の屋号を観音堂、堂の前、辻、横道といい、観音堂が道路の四つ角にあって、今よりも大きなものであったことがわかります。現在のお堂は昭和42年に再建されたもので、平成九年八月屋根の修理を実施しています。今でも毎月観音講がおこなわれっています。観音堂には十王堂から移された「十王様」他が安置されいます。平成九年町指定文化財Photo_25 に以下が指定された。「十王 九体、脱衣婆 一体、眷属 二体、業の秤(盤石)一点」計13点

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