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2008年4月19日 (土)

【ぶらり香貫(かぬき)・静浦6】

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10沼津【香貫(かぬき)の寺

Img_1240 本門法華宗【正見寺】延慶2年(1309)大本山長光寺開基、日法聖人の弟子、日授上人によって精舎(しょうじゃ)を黄瀬川、堂下の地に創建されました。永禄3年(1560)日造上人の時、黄瀬川から沼津大門町の高台に再興し、慶長年間(徳川家康の時代)沼津城主・大久保忠佐公が堂宇を建立、日造上人の金襴(きんらん)九条の袈裟(けさ)は忠佐公の陣羽織とImg_1242 能装束をもって作られたもので、これは忠佐公の子息、忠兼(ただかね)の早世によりその菩提を弔うために寄進されました。徳川将軍に宇治茶を献納する茶壺行列は大名に準じた格式をもち、その警護も極めて厳重でありました。沼津の宿では正見寺にこの茶壺が格護されたのであります。延宝2年(1674)代官、諸星庄兵衛、野村彦太夫、当山検地の折、宿Img_1243 泊費と4反5畝(せ)14歩が給されております。戦災都市復興計画のため境内地が縮小され本光寺は千本、正見寺も当時、市内で一番の繁華街の町寺を去ることになりました。江戸時代・明治・大正・昭和の36年迄約400年の寺歴を持つ大門町から同年10月4日、県の許可を受け現在地に約4000坪の境内地を求め、本堂・庫裡・僧堂・梵鐘・山門等の伽藍(がらん)を再興し今日にいたりました。沼津市下香貫八重46-1 

Photo 日蓮宗 【塩満寺】この地の一士族、後藤修理之介(ごとうしゅりのすけ)が信仰のために結んだ庵に、實行院日用上人を招いて開山し、後に沼津・妙海寺18世・好要院日窓上人(こうよういんにっそうしょうにん)(当山3世)が、堂宇(どうう)を修理再興したものと伝えられています。本堂前庭には榧(かや)の大木がありますが、昭和8年出版の『沼津市内における老樹名木調』の文献には、樹齢およそ500年と記載されていますので、樹勢盛んなれば当然、天然記念物と呼ばれるものと思われます。場所 沼津市下香貫林ノ下1989

Photo_2 日蓮宗【妙蓮寺】正長元年(1428)1月28日、室町時代に三島市玉沢の本山妙法華寺(みょうほっけじ)、第8世住職、覚真院日英上人によって開基されたもので、第2祖栄松院日妙(えんしょういんにちみょう)上人によって栄松山という山号が授けられました。当山は570年経ち、現住職は39代目に当たります。妙蓮寺墓地の入口に保管されている凝灰岩(伊豆石)の刳抜石棺(くりぬきせっかん)で、もと楊原(やなぎはら)神社近くで発掘され、楊原小学校(現第三小学校)に保管されていたものが、同校移転に伴い転々として、現在地に保管されたものという。付近にあった宮原古墳群(6世紀後半)のものといわれている。沼津市下香貫林の下1875

Photo_3 臨済宗【島上禅寺】文禄3年(1594)に、永明寺の伊渓和尚によってこの地に開かれました。当時多くの寺があったとされる狩野川の堤(昔、蛇松があった辺り)から狩野川を挟んで我入道の地先まで、地続きであったのかも知れません。先の大戦で全焼したため、当寺の沿革は詳らかではありません。しかし、この頃より島上寺は我入道地区唯一の寺として、薬師Photo_4 如来の祭典等地元の人々の信仰に支えられ、近くに取り残された釈迦院を兼務しつつ、現在に至ります。島上寺の墓地に乗運寺16世應譽(おうよ)上人の墓石が残されていることでも偲ばれます。沼津市我入道浜方310-3

Img_0336 立正宗【日緬寺】日蓮聖人が伊豆の伊東に流された時、この浜(我入道海岸)の現在日緬寺に移され岩に船を繋いだと伝えられ、昭和19年12月8日当山開創結城日恒上人がここに祖師堂を建て、身延山久遠寺83世(1865-1943)法主一乗院日謙上人が開山となって最も新しい形式で最も古い「法華経」の信仰宣布の道場として建立されたお寺です。
 境内には、日本では珍しい日本唯一の酒塚があり、宝暦8年(1758)岡山の人飛山長左衛門氏が建立したものです。昭和52年より県下最初の動物霊園を開設、火葬から供養埋葬まで多くのペット愛護者のお詣りが後を絶ちません。沼津市下香貫牛臥3056

  
Photo_5 曹洞宗【興福寺】400有余年前、天正2年(1574年)に寥外尊廊(りょうがいそんろう)大和尚が今の地を開拓し庵に住したのが、始まりであると伝えられます。その後、現在の興福寺として開山されたのは永平寺16世の法孫智外察大和尚の時であり、地元の侍大将原川伝右衛門の寄進により建立されたものであると伝えられています。
Photo_6  開基である原川氏は現在の袋井市にあった原川城の城主で、その武勇は遠州に原川兄弟有りとまで言われました。徳川家康の遠州攻略の際、多くの武将たちが主君今川氏真(いまがわうじざね)に見切りをつけ徳川に寝返るのをよそに掛川城に籠城、奮戦も虚しく落城、その後海路を辿り静浦の地に落ち延びて来たと伝えられます。昭和5年に改築された木造Photo_7 の本堂には彫刻や丸柱が残り、当時の建築様式が偲ばれます。
 また、古くからの漁村である土地柄もあり、漁祈祷や金物除けの御礼を求めに訪れる船主の人々も、後を絶ちません。
 尚、8月23日の地蔵盆には、地蔵尊の大祭が行われ、門前は人々で賑わいます。沼津市志下60

「以上沼津市仏教會HPより」

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