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2008年4月16日 (水)

【ぶらり香貫(かぬき)・静浦3】

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7【旧海軍技術研究所音響研究部跡

Photo_2  私の卒業した「沼津第三中学」は「旧海軍技術研究所音響技術研究部」の建物を使い昭和22年4月に開校した。この海軍技研は昭和16年(1941)下香貫の地に新設された。27万平方メートル(82000坪)を越える敷地があり、技術を駆使した近代的な施設であった様だ。本部のほか、臨海実験所が江の浦、淡島、大瀬崎に、事務所が下土狩に置かれた。本部には研究室/実験用水槽/作業所/宿舎等があり武官や文官、工員や挺身隊ら2000人もの人が働いていた。任務は水中聴Photo_3音機や潜水探知機、音響魚雷、爆雷の研究開発を行っていた。ガダルカナル沖海戦での敗因の一つはレーダー装備の差であったという。関連誌によると、これを機に陸海軍もようやくレーダーの開発に本腰を入れる。海軍はガダルカナル島でのレーダーによる敗北がきっかけとなって1943年(昭和18年)1月26日に開かれた「戦備考査会議」ではレーダーが議題となる。海軍大臣がレーダーの新規設計と基礎研究を緊急に進めるよう2月17日に指示を出し,レーダーの開発のための組織的な整備が始まる。3月に月島,鶴見,千葉県の大東岬にレーダーの試験場が設置さPhoto_4 れ,6月にレーダーを生産するため「沼津海軍工廠」が設立され、7月に海軍技術研究所にレーダーを専門に開発する電波研究部を設ける。昭和20年2月15日、電波、電気、無線、有線、音響関係の兵器研究部門を統合して、第二海軍技術廠音響研究部が設置され、音響研究部は第二海軍技術廠音響研究部に改組され、水中聴音機、水Photo_5 中探信機研究等の音響兵器研究を任務とする事になった。本土空襲が激しくなると多比の石切り場を利用して地下工場を建設し実験室、機械などを疎開させた。戦争の残りを感じさせる石切り場やトンネル、岩穴などが今でも多比や内浦地区等でみうけられる。中学時代学校の裏山にはレンガの小屋があったり、沢に油が浮き出してPhoto_6 いるのを見た記憶もある。近所の人の話では地下トンネルがたくさん掘られていたという話も聞いた。今は平和な時代になってよかったものだ。「海軍技研跡碑」は戦争で犠牲になった若者達を偲び昭和28年(1973)に建立された。

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