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2008年4月 2日 (水)

【ぶらり近くの東海道】原編Ⅳ

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ぶらり近くの東海道】原編Ⅳ

Photo_28 67【原宿】原宿は現在の花勝造花から竹の子寿司の間であったという。古代の街道は根方の地を通っていたが、平安中期以降の東海道は、海岸沿いの浦方路・(甲州道)を通るようになる。この当時の原宿は原新田山神社、元の一里塚があった付近から六軒町浅間神社付近だっただろうといわれる。その後の原の宿は、原駅南側の甲州街道Photo_29 沿いにあったが、慶長の大潮被害や幕府の新しい東海道の整備に伴い、現在の場所に移転し、新しい宿が形成されていった。全国制覇を成し遂げた家康は、戦国大名の分国中心の交通体系を、江戸城を中心としたものに改編した。五海(街)道を幹線とした交通体系で、伝馬制や宿場を設置した。慶長6年、原宿の設置が決まり、原Photo_30 宿二町(東町、西町)と原宿の東に古くからあった大塚で宿を形成した。原宿は沼津宿と吉原宿の間に設けられたが東海道の中では比較的小さな宿場であり本陣は西町に1軒、脇本陣は東町に1軒あった。(脇本陣は天保9年に焼失した)当時は幕領で韮山の江川代官の支配所があった。【明治以降】宿場町とし明治以後はさびれたが明Photo_31 治33年に国鉄「原」駅開設に伴い周辺開発が進み、戦後は付近に工場と住宅が増加した。明治22年の町村制施行で、原宿、大塚町などが一緒になり原町が誕生浮島地区は、明治22年に、根古屋・井出・平沼・石川・船津・西船津・境の七ヶ村が合併、浮島村となった。村名は浮島沼からとり、役場は平沼に設置された、昭和30年に原町と合併したが、31年に、旧浮島村西部の三部落(船津、西船津、境)が分離、吉原(現富士市)に編入。浮島地区には有名な「興国寺城跡、阿野全成等に係わる多くの歴史的伝承がある」昭和43年に「原町は沼津市と合併し現在に至っている」Photo_32 66

8【西念寺(天神さん)】時宗。沼津市原120 以前は山門・観音堂等があり、望海景勝(ぼうかいけいしょう)の寺であった。浮島原に常休庵・休心坊などの末寺もあったが、延宝年中火災により堂字等を消失し、明治26年鉄道火災によって、本堂等類焼する。現在の本堂は大正15年に建立Photo_33したものである。境内に入って左手に菅原道眞(すがわらみちざね)公 をお祀りする天満宮(昭和58年再建)があり、西念寺門前で生まれた「白隠禅師」も、幼少の頃よくご参詣したという。 毎月24日には二夜(にや)講が開かれ、7月には地域住民が多数参加し、天満宮祭典が開催される。  

Photo_3569【白隠誕生地の石碑】西念寺先駿河銀行前(道路南側)に石碑があります。石碑の奥には白隠の産湯井、通りに出て交差点を左折すると右に帯笑園(植松家)があります。

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