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2008年4月 7日 (月)

【ぶらり近くの東海道】三島編Ⅲ

【ぶらり近くの東海道】三島編Ⅲ

Img_1298 92【新町橋】大場川を渡ると「新町橋」江戸時代には長さ19間(35m)幅3間(5,5m)で欄干のある板橋がかけられていた。(1737~1778は土橋)橋を渡ったところには江戸見附がありここからが三島宿だった。小浜山刑場で斬られた罪人の首を晒した場所でもあり今でも橋を渡り左折したところに引取り手のない無縁仏を土地の人が弔ったと伝わる「無縁法界地蔵尊」がある。

93【三島宿】古代には伊豆の国府が置かれていた。鎌倉時代以降は三嶋大社が幕府や武家の手厚い保護を受け門前町として栄えた。江戸時代は箱根越えの前後で泊まる宿場となり、山祝いをし遊ぶ旅人でさらに賑わった。三島大社正面からは伊豆への下田街道、西側からは北上し中仙道に通ずる佐野街道があり交通の要所でもあった。東海道分間延絵図からも大場川を渡ると人家も多くなり三島宿の東入口である事がわかる。

Photo 94【守綱八幡神社】新町橋を渡り暫く行くと右側にあります。創建は不明ですが寛永年間頃とされます。祭神は守綱大神、境内には秋葉さん常夜燈などがある。

95【妙行寺】日蓮宗。守綱神社の向かいに大きな題目搭があり正面に寺Photo_2 があります。山門は楽寿園の表門を昭和24年(1949)に移築したもの。墓地には幕末に寺の近くの長屋で塾を開き多くのを送り出した漢学者福井雪水の墓があります。門前と本堂前にある獅子像は自民党第二代総裁で総理大臣を務めた石橋湛山の縁で中国から贈られた物だそうです。戦時に供出し鐘の無いままの鐘楼も境内左にあります。

Photo_4 96【光安寺】時宗。元は真言宗で川原ヶ谷にありましたが延慶元年(1308)高弟真教上人に帰依し改宗した。南朝の後村上天皇の皇子が立ち寄ったともいわれる。本尊の地蔵菩薩像と秩父青石は市指定文化財である。駿河一国百地蔵尊100番札所。場所三島市日の出町2-29

Photo_3 97【三島暦師の館】三島大社の東にあります。昔はこの辺りは大社の神領域で社家の村があった場所です。ここより100m東の川を神川と呼んでいました。現在は大場川となっていますが、地元の人は今でも神川と呼んでいます。三島暦を作っていた河合家の元の建物は安政(1854)の大地震で倒壊してしまいました。韮山の代官江川太郎左衛門の計らいで建て直しされました。玄関は武家風で立派な式台が付いています。また奥の座敷は一段高くなった上段の間になっていて格式の高さをしのばせています。楽寿園にある郷土資料館にも三島暦は展示されています。

Photo_5 98【薬師院】高野山真言宗。創建は不明、三嶋大社の別当寺であった愛染院の末寺で弘法大師も泊まったいわれがある。本堂左には大師坐像と腰掛石がある。本尊は薬師如来 場所三島市大社町11-15

99【成真寺】真宗大谷派。薬師院のむかえにあります。北条時政の家臣Photo_6 平成真が安貞元年(1227)に建てたのが起こりで当初は真言宗だったが成真が親鸞と出会い改宗したという。現在は阿弥陀如来立像が本尊。

100【本妙寺】日蓮宗。デニーズ手前を左折すると正面にあります。文安5年日秦が京都妙満寺の菩提の為に開いた寺という。

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