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2008年3月28日 (金)

【ぶらり近くの東海道】沼津編Ⅹ

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ぶらり近くの東海道】 沼津編 Ⅹ

Photo 48【妙伝寺】法華宗、本山は岡宮光長寺 慶長9年(1604)日典上人によって創建され た。日典上人は、俗名を市川七郎左衛門家吉(いちかわしちろうざえもんいえよし)といい、慶長6年(1601)沼津2万石、三枚橋城主となった三河譜代(ふだい)の徳川氏の家臣、大久保忠佐(おおくぼただすけ)に仕えた武士。妙傳寺には【忠佐公の墓】があり、慶長9年12月Photo_4に忠佐公より寺領を寄進されています。又、大久保家は跡継ぎに先立たれて、慶長18年忠佐公が没すると一代限りで断絶してしまうのですが、その後、元和3年4月には、忠佐公の屋敷跡が長野九左衛門より妙傳寺に与えられています。場所 沼津市東間門3-4-4

Photo 49【六代松の碑】平清盛の孫、平維盛の遺子六代御前が、平家一門の滅亡に伴い北条時政に捕らえられ、鎌倉に連行される途中、千本松原で首を切られようとした際、文覚上人の命乞いによって助けられたという「平家物語」の故事に由来している。千本松原北よりの東間門の土地に、130年ほど前まで一株の大きな松があったといわれている。この松を土地の人は「六代松」と称し六代御前に関わりを持つ松として親しまれてきたが、松が枯死したので天保12年(1841)に沼津医員駒留正隆の選により枯れた松の傍らに記念碑が建てられた。

Photo_2 50【舟仙の墓】本職は江戸時代の彫刻師、秀月の弟子であるが、画・俳句など多芸の人であった。俳諧師種玉庵連山を訪ね、これが機縁となり沼津に居住する。酒を好み酒にまつわるエピソードも多い。沼津藩水野氏に召され馬の彫刻を命ぜられた。舟仙の作品は現在金剛寺などに残っている。

Photo_3 51【金剛寺】妙心寺派、金剛寺は、市内西部に位置し、前に千本松原、駿河湾、北に愛鷹山を望む住宅地にあります。開祖が文覚上人であり、本尊様が大日如来であることから、元は真言宗の寺院であったと伝えられています。文治年中(1185)に文覚上人が御本尊大日如来像を安置し、当寺を開創しました。天文年中(1532)に至って、今川義元の令弟雪Photo_4 斎(せっさい)長老が再建しました。天正9年(1581)から百年余中絶し、天和2年(1682)に、沼津市幸町妙心寺派永明寺より鐵舩玄迪和尚が入寺し、妙心寺派の寺院となり現在に至っております。境内にある稲荷堂には、当山の鎮守様とて正一位稲荷大明神が祀られており、諸願成就のお稲荷様として、昔から篤い信仰を集めております。沼津市西間門518

Img_1774 52【八幡神社/傍示杭】「従是東」の沼津藩の藩境を示す領界石がある。「これは安政6年(1777)、水野出羽守忠友が沼津に領地を賜ったときに建てられたもので、下石田に『従是西沼津領』と刻まれた石柱と対になるもの」という。【傍示杭】沼津藩西入口間門八幡神社道路際に有ります。この傍示杭は半分に折れているが〔従是東沼津藩〕の表示がしてあったと云う事です。

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