2017年8月19日 (土)

「沼津の観光資産 3明治の別荘(政界・軍人)」

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村 明治時代、沼津の別荘

5_3
明治22年(1889)東海道線の開通は風光明媚な沼津に、薩摩藩出身の大山巌元帥・西郷従道元帥・川村純義海軍大将や佐賀藩大木喬任文部大臣らの別荘が建てられた。明治26年(1893)沼津御用邸が造営されると千本から牛臥・静浦・内浦にかけては政財界要人の別荘地として脚光を浴び幾多の別荘が建てられた.(画像はH/omura 涅槃の富士より)

かつて沼津は日本の政界・財界人の一大保養地・別荘地だったんです!

Photo_2

「1 大山巌陸軍大臣別荘」日露戦争の際、陸軍参謀本部となった別荘。前は砂浜から高い石垣、裏は山。別荘の東は牛臥山に抱かれ、南西の正面は山と山に挟まれた砂浜、そしてImg_0352静かな内海駿河湾、こんな場所に別荘はあった。子供の頃我入道の海岸から続く岩山を潮が引いた時探偵団になったつもりで別荘を見に行った記憶が有る。2階建ての大きな家だった。祖母からは大山元帥のお嬢さんが静養のためこの地に長く滞在され体調がいいと香貫の方まで外出されてきたなどと聞いた。ただし建物などは残念だが残っていない。

今は牛臥山公園となり整備された。誰もがこの跡地を利用できる。

大山巌」の父は鹿児島の薩摩藩々士で、西郷隆盛やその弟の西郷従道らと大山巌は従弟である。その父、大山彦八綱昌(おおやまひこはちつなまさ)の次男として天保13年(1842年)鹿児島で産声をあげた。政治家であり陸軍軍人でもある大山巌は日本陸軍の創設に貢献し、日清戦争と日露戦争では日本軍の司令官として出征している。
文久2年(1862年)島津久光公の上洛に際して、有馬新七に従い西郷従道とともに京都に出向き諸国の攘夷派と合流する。その結果、大山は寺田Iwao_oyama_屋事件で鎮圧されてしまい、帰国して謹慎処分に科せられてしまう。翌文久3年、謹慎放免後、薩英戦争に従軍し、イギリス艦乗っ取りの決死隊に参加し、敗退するも、黒田清隆らとともに江戸の江川太郎左衛門塾に派遣され、この江川塾で砲術を極め、そして砲の改良研究も行い、「弥介砲」(よすけほう)と呼ばれる十二斤綫臼砲を完成させる。その結果、戊辰戦争では薩摩藩二番砲兵隊長として従軍し、この「弥介砲」と砲術を大いに活用して戦果を挙げた。
日露戦争におけるその陸戦の総司令官として、日清戦争(1894年~95年)では第二軍司令官として旅順、威海衛を攻略、日露戦争(1904年~05年)に於いては満州軍総司令官として、日露戦争においては児玉源太郎とともに自ら大陸に渡って総指揮を執り、日本軍を勝利に導いた。日露戦争というと東郷平八郎や、乃木希典(のぎ まれすけ)が有名であるが、この前記の人物たちとはまた別格に位置する度量の大きな、そして人を掌握することに長けた大者であった。
大山巌」は、明治18年(1885年)陸軍卿から第一次伊藤博文内閣で初の陸軍大臣就任する。その後4度、計5度の陸軍大臣と海軍大臣にも1度就任し、参謀総長、内務大臣をも勤め元老となり、長州閥の山縣有朋と並ぶ陸軍の実力者であったが、政治はあまり好きではなかったようで積極的には関与しなかったといわれている。軍人は軍人であれかしが信念だったと思われる。

250pxtsugumichi_saigo_2「2 西郷従道海軍大臣別荘」現在の沼津市静浦漁港近くに所在していた。漁港沖にある爪島は我々の少年時代でも「西郷島」と呼んでいたくらいだ。現在は漁港も整備され西郷島までの突堤は釣りマニアの絶好のスポットになっていて多くの釣り人が訪れている。

西郷従道

江戸時代後期から明治の軍人、政治家。父は西郷吉兵衛、母は政子。兄の西郷隆盛ほか。竜助。通称は信吾。本名は隆興、隆道。道は天保14年5月4日(1843年6月1日)薩摩藩鹿児島城下加治屋町に生まれました。剣術は薬丸兼義に薬丸自顕流を、兵学は伊地知正治に合伝流を学びました。有村俊斎の推薦で薩摩藩主・島津斉彬に出仕し、茶坊主となります。後に還俗し、斉彬を信奉する精忠組に加わり、薩英戦争にも参加。戊辰戦争においても鳥羽伏見の戦いなどに従軍。1869年には山県有朋と共に渡欧し、軍制を調査しました。1874年には陸軍中将となり、同年の台湾出兵の際には番地事務都督として軍勢を指揮しています。維新時の偉功によって伯爵を授けられます。伊藤博文内閣の海軍大臣、内務大臣などを歴任。兄・隆盛や従弟・大山巌と同じく鷹揚で懐の深い人物であったとされます。面影が兄の隆盛に似ているとされ、肖像画を作成するときは彼の写真が参考にされたといわれています

Photo「3 川村純義伯爵別荘」明治26年(l893)の7月、大正天皇(当時は皇太子)のご静養のために、沼津御用邸本邸が造営され、明治36年12月には、赤坂離宮の東宮大夫官舎を移築して東附属邸が設置これました。 38年8月に、本邸の隣にあった川村純義伯爵の別荘を買い上げ、更に増築して西附属邸となりました。

川村純義伯爵

鹿児島生まれ。海軍軍人。薩摩藩士として戊辰戦争時は陸戦で功を立てる。明治5年(1872)海軍省設立にあたり海軍大輔となる。11年(1878)参議・第2代海軍卿に就任。一時榎本武揚に交替したときを除き18年(1885)まで職にとどまり、その間に薩摩勢力を海軍内に伸ばした。17年(1884)伯爵。のち宮中顧問官、枢密顧問官を歴任し、34年(1901)に昭和天皇の養育主任となる。37年(1904)、死去にあたり大将に任じられているが、これは他に類例がない。

Photo「4 大木喬任たかとう文部大臣」沼津静浦海岸沿いの「駿海荘」現在の宿泊施設「はまゆう」の場所に別荘が有った。 

大木喬任たかとう

天保3年3月23日~明治32年9月26日 (1832~1899)佐賀生まれ。政治家。父は佐賀藩士。藩校弘道館に学び、勤王派として藩政改革を推進。新政府に出仕し、徴士、参与、軍務官判事、東京府知事などをつとめる。東京奠都にも尽力。明治4年(1871)文部卿となり、学制を制定。6年(1873)参議兼司法卿。萩の乱、神風連の乱で、反乱士族の処分にあたる。13年(1880)元老院議長。また民法編纂総裁として法典編纂に関わる。17年(1884)伯爵。21年(1888)から枢密顧問官を兼任し、翌年枢密院議長となる。第1次山県内閣の司法相、第1次松方内閣文相を歴任。「明治六大教育家」の一人「①森有礼ありのり薩摩藩士、政治家。初代の文部大臣。子爵。通称は助五郎、金之丞」「②福澤諭吉、中津藩士、著述家、啓蒙思想家、新聞時事新報の創刊・発行者、教育者、東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長、慶應義塾創設者」「③大木喬任」「④新島襄キリスト教の布教家で、同志社大学の前身となる同志社英学校の創立者である」「⑤中村正直同人社創立者。また福澤諭吉、森有礼、西周らと明六社を結成。幼名を訓太郎。通称を敬輔。号は敬宇」「⑥近藤 真琴、明治の教育家、思想家、攻玉社創立者。日本海軍軍人及び軍属、最終階級は海軍中佐。幼名は鉚之助。江戸生まれ」

Photo_2「5 侯爵井上馨外務大臣」井上馨外務大臣別荘予定地は現在の御用邸記念公園内北際あたりに有ったという。

侯爵井上馨

長州藩士、政治家、実業家。天保6年11月28日周防国湯田村で長州藩士・井上五郎三郎光享の次男として生まれる。父は萩藩の郷士。岩屋玄蔵や江川太郎左衛門に師事し蘭学を学ぶ。高杉晋作らとともに、尊王攘夷運動で活躍。坂本竜馬の仲介で薩摩藩と同盟し第2次長州征伐で幕府軍に勝利した。維新後は参与、大蔵大輔、参議兼工部卿、外務卿などを歴任。明治9年(1876)特命副全権大使として日朝修好条規の締結に関わる。三井をはじめ、実業界とも深いつながりを持ち、鉄道事業などにも関与した。明治18年(1885)第1次伊藤内閣の「外相」に就任。鹿鳴館に象徴される欧化政策を展開し、不平等条約の改正に奔走。黒田内閣農商務相、第2次伊藤内閣内相、第3次伊藤内閣蔵相等を歴任し、引退後も元老として重きをなした。大正4年9月1日静岡県静岡市興津の別荘・長者荘にて死去。

Photo「6 侯爵黒田長成ながしげ別荘(貴族院副議長)」沼津市旧静浦ホテル北岩崎弥之介別荘のすぐ北西側に有ったらしい。

黒田長成ながしげ」

(慶応3年1867年5月5日~昭和14年1939年8月14日)福岡生まれ。政治家。旧福岡藩主黒田長知の長男。明治11年(1878)家督を相続、17年(1884)侯爵、英国ケンブリッジ大学留学。帰国後22年(1889)式部官となるが翌年に辞す。25年(1892)貴族院議員、27年(1894)から長く貴族院副議長を務める。大正13年(1924)枢密顧問官。

他に「膳桂之助別荘(国務大臣)」 沼津市江の浦の海を見下ろす山手に有ったと言う。

膳桂之助ぜん けいのすけ」(1887年7月21日 - 1951年11月25日)財界人・政治家は、群馬県伊勢崎市出身。1914(T3)東大独法科卒。農商務省に入る。'34(S9)に日本団体生命保険を創立し、専務を経て'42社長。戦後は'46に貴族院議員に勅選され第1次吉田内閣で国務大臣を務めた。日本国憲法の制定にあたって国務大臣として参与し、連署している。従三位勲三等瑞宝章。

S080

※明治初期、日本の政治をつかさどる多くの方が沼津に別荘を建てた。これは「沼津」の気候温暖、風光明媚、利便性、場所等々有ったればこそです。御用邸や別荘が出来た背景をもっと観光資産として自慢してもいいのではないでしょうか。別荘地があったことは御用邸記念公園にある案内看板だけしかない。市民にもっと知らしめて「明治の沼津散歩」など活用したいものです。

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

2017年8月18日 (金)

「司寿司 岩ガキ」沼津

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

Sdsc_2202

夏の岩ガキが美味しくなったというので「司寿司」さんに伺いました。数週間前に食べた時よりふっくら盛り上がってびっし身が中に詰まっています。

Sdsc_2203
スダチを絞ってプリプリの大きな「岩ガキ」にかけていただけば”美味い”の一言。濃厚でクリーミーな貝の味が口の中にいっぱい広がり、まさに海の生クリームの様です。旬の岩ガキは今が最高です!

Sdsc_2207
今日のネタで特に美味しかったのは夏のとどめの「新子シンコ」の握り。コノシロの幼魚で4cm、5cmくらいの小さいのを「新子シンコ」と言い ます。 7cm、10cmぐらいはコハダ、13cm前後はナカズミ、15cm以上が成魚でコノシロ 。江戸前寿司屋の実力がわかる「新子シンコ」やっている店も少なく滅多には食べれません。横の穴子の甘いツメも美味しいです。

Sdsc_2208_2_2
他には「地だこ」が柔らかくて甘みもあって美味、アワビも超柔らか、赤貝のヒモはこりこりいつものようにネタがいい、鳥貝、赤身、イカ色々いただきました。

Sdsc_1777
最後は平貝、青柳、干瓢巻きでした。

Sdsc_1785
沼津の老舗寿司店「司寿司」

場所 沼津市下香貫藤井原   木曜定休

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

2017年8月17日 (木)

「ガーリックステーキ住吉」沼津店

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

「ガーリックステーキ住吉」沼津店

Sdsc_1726
先日は「住吉三島店」に久しぶりに出掛け「ガーリックステーキ」の美味しさを思い出しています。また食べたくなっしまい10日後、今回は「住吉沼津店」に行って来ました。

Sdsc_1732
注文したのは「ちょっと大きめガーリック200g¥1630」見た目は三島店と変わりませんがナイフを入れた時、こちらのハラミ肉はスジが多くてなかなカットできないところがあります。同じ仕入れ先なのでしょうが比較するとよくわかります。

Soriginal
混んでいたせいか人手が足りないのかお肉はジュージューといった感じがなく、ご飯や味噌汁が出て来るのも遅いです。今日を見る限り 味サービス「三島店」の方が少しランクが上のようですね~

Sdsc_1729
三島店に負けずに頑張ってください!

場所 沼津市大岡1880‐9  火曜定休

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

2017年8月16日 (水)

「沼津の観光資産 2海軍技研跡」

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村 

560pxb29s_dropping_bombs
「沼津大空襲」

昨日は終戦記念日でした。1945年(昭和20年)7月17日午前1時ごろアメリカ軍B29130機の編隊が海軍工廠や軍需工場のある沼津上空3200mに侵入した。愛鷹山と香貫山の高射砲が迎撃するも午前3時ごろ迄に9077発の焼夷弾を投下、9523戸焼失、274人が亡くなった。沼津市の89,5%が破壊された。サイパンから富士山に向け飛来するB29の本土空襲コースの真下の沼津は同年1月から機銃掃射を含め延べ8回の空襲を受け使者322名、全半焼11,756戸の被害を受けたという。

旧海軍技術研究所音響研究部跡

Photo_3

この「海軍技研」は昭和16年(1941)下香貫の地に新設された。27万平方メートル(82000坪)を越える敷地があり、技術を駆使した近代的な施設であった様だ。本部のほか、臨海実験所が江の浦、淡島、大瀬崎に、事務所が下土狩に置かれた。本部には研究室/実験用水槽/作業所/宿舎等があり武官や文官、工員や挺身隊ら2000人もの人が働いていた。任務は水中聴音機や潜水探知機、音響魚雷、爆雷の研究開発を行っていた。ガダルカナル沖海戦での敗因の一つはレーダー装備の差であったという。関連誌によると、これを機に陸海軍もようやくレーダーの開発に本腰を入れる。

776c2d4b
海軍はガダルカナル島でのレーダーによる敗北がきっかけとなって1943年(昭和18年)1月26日に開かれた「戦備考査会議」ではレーダーが議題となる。海軍大臣がレーダーの新規設計と基礎研究を緊急に進めるよう2月17日に指示を出し、レーダーの開発のための組織的な整備が始まる。3月に月島,鶴見,千葉県の大東岬にレーダーの試験場が設置、6月にレーダーを生産するため「沼津海軍工廠」が設立され、7月に海軍技術研究所にレーダーを専門に開発する電波研究部を設ける。

Kuchino16
昭和20年2月15日、電波、電気、無線、有線、音響関係の兵器研究部門を統合して、第二海軍技術廠音響研究部が設置され、音響研究部は第二海軍技術廠音響研究部に改組され、水中聴音機、水 中探信機研究等の音響兵器研究を任務とする事になった。空襲が激しくなると海軍技研は多比や江間(伊豆長岡)の石切場(伊豆石の丁場)跡を利用して地下工場にした。

本土空襲が激しくなると多比の石切り場に地下工場を建設し実験室、機械などを疎開させた。戦争の残りを感じさせる石切り場やトンネル、岩穴などが今でも多比や内浦地区等でみうけられる。今は洞窟となって水が溜まっており、泳がない限りは進めそうにない所もあるようだ。コウモリがたくさん冬眠している

Tabiworkshop_r沼津市江ノ浦の多比には海軍技術研究所音響研究部の地下工場跡が現存している(ここでは空中聴音機、潜水艦探知機、音響魚雷、爆雷などの研究をしていた)元々は海軍技術研究所音響部は1941年12月に沼津に設置されたのだが、戦時中、江浦や多比、重寺、重須など内浦湾沿岸には「回天」、「震洋」といった特攻兵器の基地が造られました。多比の地下工場への移転は45年7月のことだったそうだ。公式調査は6ヶ所掘られている内の3ヶ所のみなされているが、後の3ヶ所は記録がない。今回は下図①④のみの探索となる ②は水没状態なので行っていない、③は現在立坑しか発見されていない
⑤当時から水没で放棄との事、⑥?(戦争遺跡の探索Yakumoさんのブログより)

Kiridoshi09

(画像は大昔の街道と思われる切通しが近くにある)

024
昭和35年頃第3中学時代学校の裏山にはレンガの小屋があったり、沢に油が浮き出しているのを見た記憶もある。近所の人の話では地下トンネルがたくさん掘られていたという話も聞いた。今は平和な時代になってよかったものだ画像は昭和20年代の香貫地区、南に一直線の道が八間道路)

Photo_2_2
「海軍技研跡の碑」は戦争で犠牲になった若者達を偲び昭和28年(1973)に建立された。市立第三中学に前の海軍技研跡地に建つ記念碑

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

2017年8月15日 (火)

「寿司高嶋&中華バーミヤン」

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村 今日は終戦記念日

お盆に孫達と行った「寿司高嶋」&「中華バーミヤン」

Sdsc_000001
13日の日曜、棚経が終わると長男家族は長女を残し東京に戻りました。どうしても沼津港「高嶋」のお寿司を食べたいという三男息子家族の執念、開店11:30前お店に行きましたが早や大行列です。待つ事1時間、こんなに待ってお店に入るのは初めて~

Sdsc_000001_1
魚市場食堂街ではお猿さんのショーが店頭で行われていて大勢の見物人が大笑い、大拍手、寿司屋さんの順番が来る前に30分は見物していて飽きずに待てました~孫達大はしゃぎ~

20708451_1494942927259293_114694317
やっとお店に入りました。小上りの畳席に案内されて注文、三男の息子は「上寿司」と「天丼」を頼みペロリ食べていました。最近はだいぶ太ってお腹が出てきたようです。私の方は正座が痛くて出来ず一苦労。もはや畳には座れない!

20728034_1494943000592619_744906510

「高嶋」の天丼も美味しいくて、名店「伊豆家」に比べても負けていないようだ。正直寿司と天丼が両方食べられるのが大食の息子にはいい様だ!嫁さんも天丼を食べていた。

Sdsc_2166
まぐろが好きな孫娘たちは「すき身巻きと鉄火巻き、玉子焼き」を頼んでいました。小さい子供はマグロとかサーモンが好み、又巻物が食べやすくて好きなようだ。

Sdsc_2168
長男の孫娘は昨日のスーパーのまぐろが美味しくなかったようで「刺身定食」を食べたいといって注文していました。今日のまぐろは”メジまぐろ”で好きな赤身のまぐろではなかったですが奇麗に食べていました。私は刺身と天婦羅のたか嶋定食をいただきました。

Sdsc_2135
前日の12日は長男の孫3人を連れ「中華バーミヤン」に行きました。長男夫婦は「伊豆家」で天丼デート、連れて行った孫3人もほとんど手がかからなくてホッとしました。

Sdsc_2138
「バーミヤン」に来たかったのは”ガチャポン”の景品がお子様メニューにはついているのでそれが目あてっだったようです。チャーハンとラーメンを素早く食べて”ガチャポン”やってました。ドリンクを3杯~4杯飲むのにはびっくり!

Sdsc_2140
私は「坦々つけ麺」麺がゆるくて腰もなく、これはおすすめ出来ません。

慌ただしいお盆休暇も終わり子供たち家族も皆、東京の家に戻りました。

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

2017年8月14日 (月)

「こだわりとんかつ かつ栄」裾野店

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

Sdsc_2124
御殿場では老舗、昭和30年創業のつぼくちグループ。とんかつが美味しいと評判「こだわりとんかつ かつ榮」さん裾野店に友人達と行ってみました。御殿場にはお肉の美味しいお店が多いですね!

S4
私はイチオシの「特選ロースかつ定食 中150g¥1620円」豚汁か味噌汁を選べます。御飯とキャベツはお代わり自由。国産裾野ポークを使っているというトンカツを一口いただくと衣がサクッとお肉は柔らかジューシー。ゴマをすり、辛口ソースを掛ければゴマのいい香りが来ます。

5
皆何にしようか迷ってました。「ねぎおろしかつ定食」 「特選ひれかつ定食」「海老とロースかつ定食」「味噌かつ定食」「カツ鍋定食」他にもメニューは色々ありました。味わい深い鹿児島県産黒豚ならではのとろける甘味「黒豚ロース定食180g¥2650」が人気の様です。

Sdsc_2130
「カツ鍋定食」を頼んだ友人は溶き玉子の下にうどんが入っていてなかなか美味しいと喜んでいました。平日の夜でしたが混んでいます~人気店なんですね!

場所 裾野市二ツ屋179-5

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

2017年8月13日 (日)

「お盆棚経」

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

Sdsc_2157
お盆恒例、菩提寺による「お盆棚経」にご住職が13日朝9時一番で来宅して行いました。1年の経つのは早いものです。お経を聞いていて昨年の棚経が昨日のように思います。子供たち家族も参加し先祖様のお迎えも出来ました。

Sdsc_2159
今年も1年皆が健康で過ごせますよう仏様にお願いしました。棚経が終わってからお寺さんにお墓参りに出掛けました。

Sdsc_2162
我が家の孫勢揃い!毎年成長が楽しみ~この日は三男の次女が誕生日でした。

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

「魚与うなぎ店」沼津

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

Sdsc_2143

今日も暑い一日でした。お盆で里帰りしている子供たち家族とうなぎやさんに行ったらすでに昼の部は終了、夕食は家で食事をすることにしようと「うなぎは「魚与」さんで蒲焼を買って帰りました。

Sdsc_2150
幸い「魚与」さんは営業中、お店の中はうなぎを焼くいい匂いが充満しています。蒲焼は特上¥2480上¥2080並1680ハーフ¥1240の価格表がカウンターの上に置いてあります。

Sdsc_2146

数本を注文すると手早く包装してくれました。お盆は忙しそうで店内でのイートインはやっていませんでした。

Sdsc_2151

夕飯はうなぎと手巻き寿司にしようと「魚龍」さんにネタを買いに行きましたがお盆でお休み、魚はスーパーで買う事にしました。

Sdsc_2152
スーパーのお刺身は魚龍さんに比べると新鮮さ値段共に劣ります。特にまぐろは格が違う感じでした。それでも手巻き寿司は好評でほとんど残さず食べてしまいました。

Sdsc_2132
デザートは和みさんで戴いた田中山のスイカをいただきました。明日は朝から菩提寺住職が来られてお盆の棚経です。

⇇ ⇇ ⇇PleaseClickクリックお願いします~
にほんブログ村

«「夏食べたい料理 3こってり」

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

訪問者カウンター

「美味い店」

  • 「イワセコーヒー Iwase-coffee」 三島
    沼津近郊には美味しい店がいっぱいあります

「美味イタリアン」

  • Osteria「Casa di ranaカーサ・ディ・ラナ 」清水町
    沼津近郊ピッザやパスタが美味しいイタリアンの店

「美味い寿司店」

  • 「海鮮丼専門店 伊助」沼津港
    沼津に来たら美味いお寿司をどうぞ

「素敵なカフェ」

  • 「Kenny'sHouseCafeケニーズハウスカフェ」沼津イーラデ2F
    チョット一息美味しいコーヒーでも如何ですか

「和食」

  • 「とんかつ小椿」沼津
    蕎麦・うどん・鰻・天麩羅・カツ、和食が美味しい店

沼津近郊の寺

  • 伊豆市「實成寺じつじょうじ」日蓮宗
    沼津近郊の【寺】を紹介しています

神社・史跡

  • 沼津 旧県社「丸子神社」
    沼津近郊の神社・史跡の紹介

にほんブログ村

  • にほんブログ村

静岡プログ村

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
フォト

他のアカウント

ウェブページ